黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~
身の丈三メートル近くもあるだろうか。肩、腕、頭と思ってみればそう見える。だが、そう思わなければ、それは、不恰好な肉芽の集合体だった。人で言えば腰から下には、胴体をささえる脚の代わりに、試験管のようなものがついている。中には、羊水で眠る赤ん坊らしき影。ただしそれは、大の大人ほどの大きさもある。
反重力の機構などという、古いSFのような言葉が相応しいだろうか? それは、適度な高さを持って宙に浮いていた。
必然的に、京也の拳が狙えるのは試験管のみとなる。
がつんという、無機質の手ごたえが伝わる。躊躇せずに、連続で拳を叩き込むと、試験管の中の胎児が啼いた。
逞しい男性の胴体ほどもある腕が、ぶんと唸りを立てて、京也に襲い掛かる。
身をかわし、飛びのいた。
その背後から、激しい水流が守護者(ガーディアン)に襲い掛かる。それに押され後退する化人(ケヒト)から、京也はさらに距離を取る。
「――ハァッ!」
十分に距離をとったところで、一歩踏み込んだ。床にひびが入りそうなほどに、重い一歩だった。それとともに、十分に練られた気が螺旋の軌道を描き、巨大な化人(ケヒト)に襲いかかる。
そのまま、京也は逆の足で踏み込む。これは、距離を縮めただけだ。
腕の届く範囲まで来たところで、再び拳を叩き込む。これもまた、十分に大地の気を伴っている。
雄叫びとともに、何度も何度も試験管を殴る。
金剛石のごとき硬度をほこっていた試験管にひびが入る。
えもいわれぬ音が、室内を満たした。胎児の叫びだった。化人(ケヒト)の口らしきものが開いていた。
漏れた液体が、京也の服の袖を溶かす。
「――!」
「どけ、京也」
振り返りもせずに、左へステップする。
「飛水流奥義、龍遡刃!」
凛とした声とともに、先ほどにもまして激しい水流が宙を走る。
試験管のひびが大きくなる。水と漏れ出た羊水が混ざり合い、刺激臭のある霧が発生する。
京也は口元に笑みを蓄えた。
「――仕上げだ!」
声とともに、最高に気合ののった一撃を繰り出す。鳥の羽ばたく音すら響いたように思えた。
時が止まった。
ほんの一瞬だった。 破裂音とともに、試験管が砕け散る。
鼓膜を破らんばかりの悲鳴が室内に木霊する。
京也は拳を引いた。そして、目を細め、化人(ケヒト)を見上げた。
小山のような肉の塊が、床に落ちる。試験管が、さらに砕け散る。
反響音が収まるとともに、それらはまるで塩をかけられたナメクジのように姿を消しつつあった。
胎児の小さな手――それでも、大の大人の頭を握りつぶせるほどには大きいのだが――が、力なくうごめく。
それもやがて、消える。
床にしみ一つ残さず、区画最後の守護者(ガーディアン)は姿を消したように見えた。
その様子を確かめ、如月は喪部のもとに向かう。
「――京也?」
化人(ケヒト)が姿を消した辺りで、京也はきょろきょろと辺りを見回していた。そして、やがて何かを発見したらしく、床から拾い上げ、首をかしげる。
拾ったものを、大切にベストにしまうと、奥の扉を目指した。
しばらくの後、戻ってきた京也に、如月は尋ねた。
「一体」
「――今回の姿なき守護者の手がかりになるかと思ったんだが」
そう言って、ひらりと古びた写真を見せる。色あせたその写真には、いっぱいにラベンダーの花が写っていた。中で微笑む女性を撮ったものだろう。だが、撮影者の腕がよくなかったのか、肝心の女性はハッキリと写っていなかった。
「コイツのものか、それとも……」
如月に抱えられた喪部は、声を聞きつけたかにやりと笑った。
「――違うようだな。ああ、扉が開いていたというのは、嘘だった」
京也はじっと喪部を見た。ニヤニヤと笑いを浮かべたままの喪部から、ついと視線を逸らすと、写真を再びポケットにしまう。
「てがかり?」
如月の問いに、京也は曖昧に首を横に振った。
ひとつため息をつくと、如月はポケットから古びた鍵を取り出した。
「コイツが持っていた」
頷くと、京也は鍵をポケットにしまう。
「今日は限界だな、さすがに」
そう言って、上を見上げた。その仕草に如月は小さく頷いた。
「――さすがに、人質を連れての探索はしたくない」
そうかと京也は頷き、入ってきた扉を開けた。
作品名:黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~ 作家名:東明