黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~
「つっても、そりゃああくまで最後の手段。たまたまでも首尾よくでも混沌の龍の再臨がなかった場合に、あんたらが予防策と称してあの御仁をどうこうしようってんなら、俺は全力を持って守る」
「それは秋月の意見か?」
「いいや。蟷螂の斧ってやつだ」
両手を広げ、村雨は言った。その言葉に、瑞麗は黙って頷き、鴉室は眉を寄せた。
「繰り返そう。俺らの最優先事項は、混沌の龍の再臨を防ぐこと。あんたらが《墓》を開放しようが、埋め戻そうが、破壊しようが、どれだっていい。それが、混沌の龍再臨のきっかけとさえならなければ。さぁ、まずはそこからだ。あんたらは、何をしたいんだ?」
ふむ、と、瑞麗は小さく頷いた。
「飛水と秋月は、ここの現状を把握しているのか?」
「残念ながら。霊的危険地帯(ホットスポット)らしいが、これだけ強力な結界があっちゃあ、外に事実は漏れてこない。ほとんど知らないと言うべきだろう」
「同様に。少なくとも、天海僧正の結界とは無関係だということしか」
「そうか、まずはそこからか。――こちらでも、完全なことが分かっているわけではないのだが――」
ゆっくりと、瑞麗は言葉を選び始めた。
京也は立ち上がった。
目付きがかわっていた。昨日、如月とともに《墓》に降りた時の表情だった。
そして、名を呼んだ。
「芙蓉」
天香学園男子寮の狭い部屋には、京也しかいない。だが、まるでその相手がそこにいるかのような呼び方だった。
「――芙蓉」
繰り返した。目を細め、宙を見ている。
戸惑うように、空間が揺らいだ。
「ここに、M+M機関(うち)が人員を派遣しはじめたのは、君たちが龍脈を沈めた頃のこと。最初の頃は、まるで休暇のようだと言われていたよ。だが――今の三年生が入学してきた辺りから、様子が変わり始めた」
瑞麗は、一旦言葉を切り、目を細めた。
「少なくとも、エージェントが常駐しはじめた頃、無断外出なんてのは珍しい話じゃなかった。毎週毎週、月曜には職員室前で正座する生徒なんてのが、少なくとも一人はいたそうだ。それが、徐々に減り、ついにはなくなった。確かに校則は厳しい、見回りもある。だが、高校時代なんてのは、どうでもいいことに執念を燃やす年頃だ。そして、集団としてみた場合、前年と今年の生徒、どこに大きな差異があるというんだ?」
「まあなぁ。俺がここの生徒でも、週末どころじゃなく抜け出してるな」
「俺も同感だ。最初に来たときは、目を疑ったぜ。誰一人として、外に出て行こうってのがいない。三十分もかければ都心だって言うのに。まぁ、見落としってのもあるだろうが、それにしたって不自然だ」
瑞麗の言葉に、村雨は大きく頷いた。それに対し、鴉室もまた同意を示す。
「代わりに増えたのは欠席だ。欠席と、無断外出が同時に増えたなら、まだ納得はいく。校内のモラルとでも言うものが緩んでいるのだろう。だが、外出の方はゼロなのだ。遊びに行く場所もないのに? 校内のどこに行っても、知り合いばかりなのに? その傾向が出始めたのが、三年前。そして、その半年後。エージェントは、行方不明となった。最後の報告は――ロゼッタ協会の《宝捜し屋》(トレジャーハンタ)の侵入を確認。増援の要請はなかったが、次の報告もなかった。そして、私が派遣された。――実際に見て、よくわかった。生徒会による抑圧だけではない。明らかに不自然な無気力の蔓延。外への関心のなさ。勉学や部活動における成績の低下。何かがおかしい、何かが手を出している」
「そうして、俺が援護に来たってわけだ。それが、今年の夏」
「京也が入る直前か」
「ああ」
如月をまっすぐに見返し、鴉室は頷く。
瑞麗の話の内容を咀嚼していた村雨は、まずは一つと疑問を口に出した。
「その、ロゼッタ協会のハンタってののめぼしはついてるのかい?」
「残念ながら。――活動中かどうかも分からない。ロゼッタ協会は、M+M機関(うち)とはまた違った技術を持っている。方針としては対立するが、うまく協力関係が結べればと思ったのだが……」
瑞麗の言葉に、村雨はためいきをついた。
「あの先生をロゼッタ協会所属とみなすのは無理だ。下手すりゃ、本拠地すら知らないだろう。ハンタとやらを知ってるかどうかも疑問だな。知ってりゃあ、その場でさっさと外に出ててもおかしかない。――呪われた場所(ポイントオブカース)。夜中に沼――この場合は《墓》か、そっから白い手が出てきて、人間を引きずりこむ。そして、その人間は皆から忘れ去られる、か」
「三年前というのは、阿門家の嫡子が入学した年だ。彼が生徒会長を勤めるようになってから、変化が始まった。おっと、これを彼だけのせいと言うは不公平か。そして、卒業の年である今年。その変化は、終焉へと速度を増している」
「力が強いのか、それとも弱いのか。阿門家というのは、墓をどうする一族なのか」
「封印だ」
あっさりと、瑞麗は答えた。
「ほう? 理由は?」
「――阿門家嫡子卒業の年である今年、黄龍の器という新たな要素(ファクター)を加え、事態は急速に動き出した。《墓守》たちの洗脳が解けるにつれ、生徒たちの外への関心はなくなっていく。そして、互いに噛み合いを演じ始める。まるで、箱の中のハツカネズミだ」
瑞麗は、学生寮の方に視線を向け、首を横に振った。
「行方不明事件の詳細、および、小さなもの、犯人がハッキリとしていて誰にでもできるものは除く。すると、最初の事件は、女生徒の異常だった。腕だけがまるで老婆のようになった。次には、学校行事での負傷者。髪で吊るされ、歯を折られ。もちろん、不良に囲まれたとかではない。この時点では、復活の生贄にされたかと疑ってもいたんだが」
瑞麗の言葉に、事件の犠牲者の様子を思い出したか、鴉室は渋面で首を横に振った。
「次には、集団記憶喪失。犯人は分かっている。《生徒会》書記、双樹咲重。彼女の能力(ちから)だ、ここで、明確に目標がわかった。その後、霊的存在の混乱、幻影の暗躍を経て、《秘宝の夜明け》(レリックドーン)襲撃へと至る」
瑞麗の冷静な声が、事件をあげつらう。
「それでも、小さな事件は除いてるのかい? 半年も経ずにでそんだけ起こりゃあ十分ってカンジだな」
村雨は、てのひらで顔を覆って嘆息した。
「集団記憶喪失の目的は何だ? 単に、封印強化のために精気を奪った副作用なのか?」
「いや。――今年の三年生の中に、封印の巫女とやらがいるらしい」
「阿門家嫡子が生徒会長となったことだけを、変化のきっかけとするは言いすぎ、と。それは、そういうことか」
「そうだ。阿門家嫡子と封印の巫女が同じ世代というも、作為を感じるがな。――彼女を《墓》に眠る存在から隠すための、大掛かりな作戦だったようだ。実際には失敗し、封印はさらに緩む。それをきっかけとして、霊的存在の混乱、幻影の暗躍へと続く」
「……呼ばれた、か」
「おそらくな。阿門家嫡子の力が弱いのか、それとも、装置そのものにがたがきているのか――」
「それとも、異分子である黄龍の器が、ここの仕組みと相性がわるいのか。黄龍の器を呼んだのは、どちらの勢力か。その封印の巫女とやらを、京也は知っているのか?」
作品名:黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~ 作家名:東明