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黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~

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 言葉に込められた想いを、心に落とすことはしない。主観が入れば、正しさは歪む。時間が、余裕が、なにより相互の関係性が足りない。自分をさらけ出すやりとりをするには、なにもかもが足りず、否を示していた。誤解を招きやすすぎる。汚い真実(もの)を抱えすぎている。そして、彼我ともに傷つきやすすぎる。
「変わりたいんすか?」
 明るい口調で、京也は尋ねた。解答。わかりやすく隠された、彼の望む方向へと誘導を行う。
 検索と同時にわめきつづける、自らの思いは無視。彼に対する共感をねじふせ、理解を中断し、ただ、方向を示すことに徹する。
「何を聞いてるんだよ、おまえは」
 皆守は眉を寄せた。
 正解。
 口調が、歩み寄っている。
 無意識に使っている黄龍の器としての力が、彼を構成する流れを京也に知らせる。人が言う「気配を察知する」より少しだけ正確なそれもまた、近寄ってくる皆守の心を示していた。
「平穏でいたいとしがみつくのは、すでにそれが偽りのものだと気づいているから」
 皆守は息を呑む。あからさまな動揺に気配が揺れる。
 京也は笑みを深くした。暖かな笑みという表情をつくり、向ける。
「気づいているならば――その変化をどう自分の望むものにするか、そちらに思考をうつすほうが建設的じゃないっすか?」
「――俺は――」
「ま、現在より未来のが居心地良いって保証はないですけどね。そんな――」
 皆守に近寄る。そして、至近距離から顔を覗き込む。
 怯えたような表情を浮かべ、皆守は一歩後ずさった。
「そう、そんな嫌そげな表情(かお)を浮かべさせるのって、平穏?」
 丸っこい軍手の指先で、相手の鼻をつつく。反射的により目になる表情を笑う。緩急を操り、自分のペースにまきこむ。そして、ほんの少し空白になった意識を誘導し、望む方に向ける。
「そんなのに囚われて腐っていくのが、一番もったいないと思いますよ」
 少し下の位置から見上げる。そして、鼻先を指していた手を引っ込めると、そのまま相手の頭に移動させる。
 降り積もった雪を払い落としながら、京也は言った。もう一度。暖かく。
「風邪、ひきますよ」
 皆守の表情は歪んでいた。笑うべきか、それとも、泣くべきか、怒るべきか。その迷いが、表情筋をひきつらせているように見えた。
「――御子神――」
 はいな、と、京也は頷く。いつもの笑みだった。仲間を率いて、人ならざるものと戦う時。必ず一度は、その仲間に向ける笑みだった。
 迷い、悩む仲間に。
「おまえと、もう少し早く出会っていたら」
 皆守はてのひらで顔を覆い、俯いた。
 微かに肩が揺れる。
「おまえとなら、俺はここから先へ――」
 小さなくぐもった声が闇に溶ける。笑い声だった。
 皆守は顔を上げた。
 まっすぐな目が、京也を射抜いていた。
 正解。
 京也の脳裏に、表情のない小さな音(こえ)が響く。
「忘れるな、御子神」
 脳裏に小さな音(せいかいのこえ)が響くと同時に、胸の奥底で何かが削られる。喉元に物理的な吐き気にも似た、想いの塊がせりあがってくる。正解をあらわす音と同調した、ダイオードにも似た明滅。それを覆い隠そうとする、否の声。ただ、繰り返す。意味から音へと変わるほどに、何度も。
 指先が、小さく動き、リズムを刻み始める。どちらの声のリズムとも外れた、一定のリズムが、もろい岸辺にさした碇(アンカー)のように、叫びあう意識の中にわずかな安定の足場を作り出す。
「この三ヶ月。おまえが歩んできた道を、誰よりも近くで見てきたのは俺だ。――おまえがいたから、今の俺がある。俺は、忘れない。おまえも――」
 京也は頷いた。
「当然ですって。今まで、皆守クンがいなかったら、どうなっていたことか。忘れられるわけ、ないでしょう?」
 これからは、軽く。ともすれば、どこかに沈み込む皆守に冷静さを与えるために、明るく、軽く振舞う。ただし、決して、否定してはいけない。茶化してはいけない。
 セオリーが脳裏にこだまし、ダイオードの明滅が遠ざかる。
 皆守の表情が緩む。ぎりぎりの鋭い視線が和らぎ、肩の力が抜ける。
 だが。
 次の瞬間、苦しげに歪んだ。
 不正解?
 京也の背を、微かな震えが降りる。またぞろ、否定の叫びが強くなる。
「ああ。そうだな」
 上滑る言葉。
 十分に安心したかのような声色なのに、皆守がまとう流れは、京也に身を任せていない。確かに、安堵の感情は感じられるのに。だが、その向こうには、峻烈なまでの拒否。
「行くんだろう? 今から」
 笑いを含んだ声だった。
「ええ、まぁ」
 そう言って、京也は手に持った剣を見下ろした。
「危険物処理班って、そんなカンジですねぇ」
「これで、最後なんだろう? 今度は俺も行く」
「って、え……」
 きっぱりと言い切った皆守に、京也は眉を寄せた。
「――この三ヶ月。俺がいなければどうなっていたことか、だろう?」
「ええっと……そう、ですが」
 京也は眉を寄せ、《墓》の方向と黄金の剣そして皆守と、視線を往復させた。
 剣を見る。そして、自らの手を見た。
 軍手に覆われた下には、黄龍甲。《秘宝の夜明け》(レリックドーン)襲撃時に一緒だったのは、如月だった。京也の力を、おそらくは誰よりも良く知っている相手だった。
 それ以前も、黄龍甲を用いて戦ってはいる。だが、派手な使い方はしていない。
 たとえば、ほんの少しだけ回復が早いとか。ほんの少しだけ、敵の動きが読めるとか。拳が当たった箇所から少しだけ、破壊の力を注ぎ込むとか。そんな使い方だった。
 明らかなる人にあらざる力を使う《生徒会》関係者たちに対し、京也は人の範疇に収まるように見える戦い方しかしていない。
 だが。
「駄目だって言ってもついていくぜ、俺は」
 異常の赤(レッド)。正常の緑(グリーン)。正解と不正解が、脳裏でめまぐるしく色を変える。青色がはじける。
「――皆守、くん――」
「また、笑って誤魔化そうとしてるんじゃあないだろうな」
 シミュレーションの枝葉を数え続ける思考をぶち壊し、言葉が胸につきささった。
 明るい髪の色と木刀の幻影。
 これは偶然の一致だ。
 口調も状況も、何もかも違っている。たまたま、同じような言葉だというだけだ。
 踵を返す後姿の記憶に、何度も同じ言葉を重ねて塗りつぶす。ただ、偶然の一致、と。
「……御子神?」
 怪訝そうに、皆守が言っていた。
 反射的に、表情は笑みを作る。そして、小首をかしげ、相手の顔を覗きこむ。問いに問いで返す。追求を望まない何かを抱える相手に対しては、とても有効な手段。
 表情(かお)が時間を稼ぐ間に、コントロールを失いかけた何かを宥めすかし、正しい思考(じょうたい)を取り戻す。
「――御子神。連れて行ってくれ」
 完了。大きくため息をつくパフォーマンス。
「しょうがないっすねぇ。……危なくなったら、逃げるんですよ? 一目散に」
 肩をすくめ、頷く。
「ボクの指示に従ってくださいね? とっとと逃げろって言った時は。まだいけるとか言っちゃだめっすよ?」
 相手の前で、ぴんと人差し指を立てる。そして、それをふりながら、説教口調で念を押す。鼻白んだような表情で皆守は頷いた。