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黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~

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 辺りを見回し、皆守は小さく舌打ちした。てのひらがほんの一瞬、アロマを扱う時のかたちをなぞり、降りる。いつもの金属のパイプは握られていなかった。
「急げよ。――おい、阿門。おいていくな」
「……」
「黄泉路の旅も、一人じゃ退屈だろう」
 ほんの一瞬、阿門は躊躇した。だがすぐに踵を返し、皆守に近づくと、差し出されている手をとる。激しい揺れの中、阿門は注意深く皆守を立たせ、肩を貸した。
「役に立つのか?」
「まだ、なんとか《墓守》としての恩恵は頂けているらしい」
 折れていたはずの足を注意深く床につき、皆守は頷いた。ぎこちないながらも、なんとか両足に力をかけることができる。
 皆守は笑った。阿門は笑んだ。
「じゃあな」
 皆守は、片手を上げた。阿門は無言で頷く。
 やけにすっきりとした表情(かお)だった。
「――おまえら――」
 京也は、二人に向かって足を踏み出した。
「今からここに残って、何をする気だ」
 揺れる玄室の中、地を這うような声は、ひどく聞き取りにくい代物だった。
「荒吐神が完全に消滅しなければ、墓の人間も回復しない。確認が必要だ」
 阿門の低い声が、崩落の雑音に紛れる。
「壊しただろう、ちゃんと!」
 我が身を抱くような姿勢で、京也は叫んだ。
「それが、俺たちが犯してきた罪への償いだ」
 皆守が肩をすくめ、傍らの阿門を見る。
「まだ足りない。まだ足りないと言うのか。――足を止めるな、白岐!」
 梯子の上を見もせずに、叱咤する。
「もう時間がない」
 注意深く、阿門の支えなしに立つ皆守の言葉に、京也は小さくうめいた。
「破壊する」
 正気と狂気、ぎりぎりの際に立っているような声だった。
 息を吸い、長く吐く。唇が、小さく動く。
 さらに大きく、玄室が縦に揺れた。
 バランスを崩しかけた皆守の腕を阿門が掴む。その彼もまた、震動に抗しきれない様子で、よろめいた。
 だが、京也は違った。まるで、堅牢な平地に立っているかのように、両の足はしっかりと大地を捉えている。その彼を中心に、蜘蛛の巣状の破壊痕が広がる。
「完全に。跡形もなく。完膚なきまでに。見る影もなく。すべて消滅させる。おまえたちが行くべき場所などない!」
 叫びが騒音を切り裂いた。
 皆守と阿門は、目を瞬かせた。
 髪を、腕を、脚を。京也を、淡い黄金の光が覆っていた。
 穏やかなる思念体とは別物の何かが、彼の身体を包んでいる。いや、彼自身から発せられている。
 彼が呼吸するたびに、それは揺れる。一呼吸ごとに、それは密度を増し、輝度を増した。
 ゆっくりと背から立ち上る黄金の輝きが「何か」を形作る。
 ぶあつい前髪が散り、顔の上半分を露わにする。
 距離があるため、皆守と阿門からは分からなかっただろう。
 真っ黒な目が、まっすぐに彼らを見据えていた。日本人の濃い茶色の瞳ではない。瞳孔も虹彩もない、眼球の中に出現した漆黒の闇が、彼らを捉えている。
 京也のまわりの床が陥没する。同時に、大人の身丈ほどもある、もと床であった石が、勢い良く隆起する。
 口元が笑みを浮かべた。
「――破壊、する――」
 笑みとは別の何かが、唇の動きに混ざる。
 幾度も繰り返す言葉は、破壊の轟音にまぎれ、誰の耳にも届かない。いける、大丈夫、と。彼の唇が繰り返していると知るものはない。
 京也を覆う力は、完全に目に見えるものとなっていた。気の流れを見る修練も、霊感も必要ない。大地から、大気から。床を形作る石から。京也が呼吸するに合わせて、黄金の光となった強大な力が、彼に流れ込み、輝く。
「……みこが……み……」
 皆守の唇が動いた。動いただけに過ぎなかった。
 彼らの顔には、驚愕すら通り越した、本能的な怯えが刻まれていた。たたらを踏みながら、無意識の動作で京也から遠ざかろうとする。
「――」
 少し、顎があがる。京也が浮かべた、見下すような傲慢な表情は、普段の彼の表情を知る者に、微かな違和感をもたらす。
 ひときわ大きな石が隆起し、皆守と阿門の視界から京也を隠した。
 石の影で、京也は表情を強張らせた。
「……あ……」
 京也の身体が揺れた。だが、誰も気づかない。
 いままでとは違った形に、唇が動く。
 唇を噛んで動きを止めた。そして、そのまま、拳を引いた。震えている。震えながら、引いた拳を足元に叩きつける。
 いや、叩きつけようとした。
「あなたたちを助けに来ました」
 ユニゾンで響く少女の声。
 集中を途切れさせた拳が、床を殴る。ごくあたりまえの人間が、石を殴った結果になった。すなはち、ダメージがきたのは、床ではなく拳の方だ。
 喉の奥で、京也は掠れた悲鳴をあげた。
 ひび割れが止まる。隆起が収まる。
 一瞬の静寂。
 次の瞬間、黄金の光が、玄室に溢れる。
 少女たちは、姿を見せることなく、悲鳴だけを残して消滅した。
 今までのものが、まるで心地よいゆりかごであったかのような縦揺れが玄室を襲う。
 塵芥のように、皆守と阿門は石塵とともに宙を舞った。まるで、台風の中の落ち葉か何かだった。意識を失うまでに、さほどの時間はかからない。
「……ごめん、村雨…………き……たす……て……」
 唇が、名を呼ぶ。連ねる。聞くものはない。ただ、光に溶ける。
 彼の身体を通し、大地の力が溢れる。増幅される。荒れ狂う。


 少女たちの出現は、最悪のタイミングだった。