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黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~

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 ほんの一瞬、数メートル手前で足を止めた。そして、慣れ親しんだ構えをなぞると、滑るような動きで前に出る。
 未だ、標的(ターゲット)は完全に実体化しているとはいえない。
 鋭い気合の声とともに、無形の力が思念体を撃つ。
「――――」
 怒りの声が玄室を揺らす。
 同時に、醜悪にして巨大な存在が姿をあらわした。
「――」
 ソプラノヴォイスと、テナーヴォイスがユニゾンで響く。
 人間で言えば両肩の上に、それぞれ、男女の頭部が接合されている。その二つの頭の声だろうか? 各々が好き勝手に言葉を紡いでいた。なのになぜか、調和していた。
 内容には全く頓着せずに、京也は標的(ターゲット)との距離をつめた。
 構えをなぞり、ほんの少し半身を引く。一歩、二歩、重い歩みで前に出る。続けざまに、拳を放つ。ラスト、左足がはねあがり、微妙な回転とともに、標的(ターゲット)の筋肉にめりこむ。
 決まった瞬間、バランスを整えながら後退する。
 怒りの咆哮に微かに眉を寄せる。
 後退の方向は、阿門たちの反対側だ。
 小さく唇が動いていた。まだ、大丈夫、と。
 荒吐神の怒りが、真正面から京也を打ち据える。
 口元が笑みを刻んだ。
 分厚く下ろされている前髪が吹き上げられ、深い色の目が現れる。
「まだ、いける」
 まとわりついてくる力を、軽く頭を振って退けた。続いて襲い掛かってきた拳を迂回する。
 そのまま、太い腕の脇をすり抜け、踏み込む。
 思い切り、拳を叩き込む。そのまま背後に回りこみ、体内で練った気を背後から叩きつけた。
「まだか――!」
 積極的に踏み込む足元の床が、やけに重い足音とともに、蜘蛛の巣状の破壊痕を広げた。
 気合の声とともに、拳が荒吐神の身体にめりこむ。
「大丈夫」
 はっきりと、声が出た。
 引く動作が一瞬遅れる。
 羽虫を払う動作か、それとも、苦しみ故のものか。勢いよく振られた腕が、京也を吹き飛ばす。
 メートル単位で吹き飛んだ先、それを追う無形の力。ユニゾンで響く怨嗟の声が、そのまま京也に襲いかかる。
「御子神!」
 彼の苦鳴に、皆守が片足を引きずりながら立ち上がる。幸か不幸か、彼が飛ばされた先は、自分たちがいる場所に比較的近い。
「来るな!」
 思いのほかはっきりとした声が、彼を拒否する。
 特にダメージを受けた様子も見せず、京也は身体を起こした。手には、黄金の剣があった。偶然か、それとも故意にか。飛ばされた先というのは、皆守と戦う前に邪魔な荷物をおいた場所だった。
 ぎこちなく、肩を回す。用心深く、脚を確かめる。
 荒吐神が哂う。
 京也は呼吸を整えた。ゆっくりと、数を数え、すり足で前に出る。
 女の声がきた。続いて、男の声。
 そしてハーモニ。物理的な力の塊と化した声が、まっすぐに京也を狙う。
 それらを切り裂くかのように、京也は気合の声をあげた。長くはない距離を、走る。
 怨嗟の声、無形の力の真っ只中、彼は距離を詰めた。
 足が床を蹴るたびに、石の床がいやな音をたてる。
「終われええええええぇ!」
 力任せに、荒吐神の身体に、なまくら刀をつきたてる。突き立てて、ひねった。剣をしっかりと握り締め、対象を睨みつける。大地の力が、古代の叡智(テクノロジー)の結晶たる肉体に流れ込む。
 荒吐神と京也をつなぐ黄金の剣が、見る間に色あせる。何者にも犯されることがない筈の黄金が「錆びる」。
 京也が握る場所から順に、ボロボロと土色になった剣が崩れはじめる。
 怨嗟の声が、気合の声がすぎたあとに訪れた、沈黙。
 すでにない剣のつかからひきはがすように、京也はてのひらをひらいた。そして、目を伏せる。ゆっくりと、後退する。
「は……あ……あ……」
 一歩下がるごとに、床がひびわれる。陥没する。
 京也は表情をゆがめる。
 指先がリズムを刻む。
 今まで無表情を保っていた、荒吐神の真ん中の顔が目を見開いた。か細い女の声。男のうめき声。それに重なる機械音。
「……う……」
 力が。
 無形の力が、京也を襲う。
 京也は片手を振った。虫を払いのける動作だった。同時に、彼の足元が大きく陥没し、バランスを崩す。
 それが、荒吐神の最後だった。
 座り込んだまま、我が身を抱きしめるようにして、数を数える京也の前で、白い肉塊がゆっくりと崩れ始める。
 長く息を吐くと、京也はじっと肉塊を見守った。
 筋肉で覆われているように見えたそれは、今やただの白くぶよぶよとした塊だった。その塊が、時折崩れながら息づいている。
「――我は――」
 ユニゾンを奏でていたどちらの声でもなかった。どこかしら知性を感じさせる声が、どうどうめぐりの思考を口にしている。
 おずおずと白岐が近寄ってきた。表情こそ不安げだが、荒吐神出現時の今にも倒れそうな様子ではない。いつもの、彼女の顔色だった。
 しゃがんだまま彼女を見上げ、京也は笑みを浮かべた。
 白岐は頷いた。
「もう、終わったのよ」
 しばらくの間をおいて、白岐は静かに語りかけた。
 肉塊の繰言が止まる。
 顔はない。ましてや、目もない。
 だが、確かに肉塊は白岐を「見た」
 白岐はもう一度くりかえした。そして。
「長髄彦――さま――」
 考え込んだのだろうか。肉塊の鼓動が止まった。
 ゆっくりと、声が流れた。
「ああ、そうだ。それが――」
 白岐の口元が、控えめな笑みを刻む。肉塊のそばに膝をついた。透明なしずくが、白い頬を伝う。
「――ああ――」
 肉塊が、吐息のような声を漏らす。
 次の瞬間、辛うじて塊を保っていた荒吐神の成れの果てが、完全に崩れた。
 白い粘性の液体(スープ)が、白岐の、そして京也の服を汚す。
 そして、穏やかな思念体が白岐を覆った。白岐を覆い、拡散し、部屋に漂う。怨嗟の声を発していた思念体(もの)とは、まるで別物のように、それは空気を和らげた。
 そして、再び玄室が鳴動した。
 下から突き上げるような大きな震動が二度。続いて、立っているも難いほどの横揺れが訪れる。
 立ち上がっていた皆守が、再び転倒する。普段の彼ならば、よろめきはするだろうが倒れることはないだろう。だが、片足が不自由な状態で、この揺れに耐えることはできなかった。
「早く!」
 倒れたまま、皆守は叫んだ。
「梯子へ行け。――まだ、壊れていないなら、距離が狂ったままのはずだ」
 続く阿門の声に京也は頷いた。そして、白岐の手を引き、梯子に向かって走り出す。
 たどりついたところで、白岐を促し、梯子を上らせた。
 そして、気づく。
「阿門! 皆守!」
 二人は、全く動く様子を見せていなかった。
 穏やかに空気を暖める思念体の中、それぞれの姿勢で彼らは京也と白岐の様子を見守っていた。
「――御子神。はやく白岐を連れて逃げろ。上に出てからも多少距離がある」
 阿門が立ち上がる。京也と荒吐神が与えたダメージから立ち直ったか、いつもの威厳に満ちた《生徒会長》の姿だった。
「終わらせるのは、俺の役目だ」
 梯子の途中で上るのを止めた白岐に、京也は頷き、先を急がせる。
「ま、会長がそう言ってんだ。副会長だけ逃げるのも妙な話だろ」