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黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~

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 二階建て程度の深さならば、村雨もロープなど使わずに追ってくるだろう。だが、残念ながら下のフロアはもっと遠い。玄武変の状態でなければ、如月とて飛び降りようとはしなかった。
 奇妙なことに、落下速度があがる気配はなかった。闇を通して見える石壁は、落ち続けている証拠として、上へ上へと動いているように見える。だが、耳元で唸る風は勢いを増すことなく、走馬灯には十分以上の時間が経っているにもかかわらず、身体が叩き付けられることはない。
 やがて、出口が見える。蜘蛛の巣状に広がる破壊痕や、所々隆起した床面が見えた。
 近づいてきた床に足をつき、膝で衝撃を吸収する。体感的には、一メートル強といったところだった。
「――破壊する」
 フロアは揺れていた。避難すべきだろうと、危機回避能力が囁く。
 その中で、声を聞いた。
 部屋の隅には、我が身を抱くような姿勢で、不安定に立つ京也。そして、比較的近い位置に、青年二人。
 京也は我が身を抱いたまま、叫んだ。おそらくは、青年二人に。だが、目線は床だった。
「完全に。跡形もなく。完膚なきまでに。見る影もなく。すべて消滅させる。おまえたちが行くべき場所などない!」
 血を吐くような叫びとともに、大きな縦揺れが部屋を襲った。
 床に、深い亀裂が走る。走った亀裂に沿って、砕けた石の床が隆起する。
 如月は、飛び出した。
 同時に、我が身を満たす大地の力が揺れるのを感じた。月の重力に引かれる潮のように、身体を満たすそれが、四神の中央に位置する黄龍の意思を得て動いている。
 如月の表情がほんの一瞬、歪んだ。
 京也との間は大した距離ではない。普段の彼ならば、ほんの十数秒といったところだ。
 だが今、それはまるで万里にも等しい隔たりだった。
 大人の身の丈ほどもある石塊が次々と隆起し、無視できない幅の亀裂が生まれる。さらには、震度六以上あろうかという縦揺れだ。そのわりに、崩落が起きないのは、これが黄龍の力(きょうやのいし)によって引き起こされたものだからだろう。実際、他がこれだけ派手に揺れているにも関わらず、彼の足元は微動だにしない。
 ほんの数センチの距離で勢い良く隆起した石塊を、重心の移動でかわす。そして、袖の奥からすべり落とした苦無を放つ。
 本来ならば、はじかれて落ちるだけと見えたそれは、深々とつきささったかと思うと、石塊(しょうがいぶつ)を粉砕する。息をつくまもなく、足元に亀裂が入る。飛んで、後退する。
「あなたたちを助けに来ました」
 部屋に響く少女の声。この派手な破壊の状況下においてそれは、あまりにかぼそく、あまりに可憐だった。
 視界の中で、京也の表情にあからさまな動揺が浮かぶ。
 拳がスローモーションで床を打った。
 聞こえるはずのない間の抜けた音が、如月の耳には聞こえたような気がした。
「……あ……」
 京也は呆けた。漆黒の闇を宿していた目が、少し気弱な素の彼のものになる。
 ほんの一瞬の静寂。
 次の瞬間、如月は京也に叩きつけるつもりで練っていた気が、ねこそぎ奪われるのを感じた。
 足元が隆起する気配を察することができなかった。
 まともに足の下の石が持ち上がり、足を滑らせる。さらに勢いを増して隆起したそれが、みぞおちを直撃した。
「――っ!」
 微かな血の味が、口中に消える。
 京也、いや、黄龍の化身と目があった。
 漆黒の闇同士が、宙で出会った。
 大気が――いや、龍脈の力が、息づき、渦を巻く。京也を護るように絡みつく、黄金の龍の姿。
 響き渡る、無音の咆哮。
 如月は姿勢を整えた。足元の破壊が集中を妨げる。
 目もくらむばかりの、黄金の光の放射。
 京也を抱く龍は、玄室の内部を気にすることなく「上」を目指して昇りはじめた。


 村雨は、無言でロープを降りていた。
 何メートル降りたかも定かな気がしない。
 おそらくこれは、京也がしかけたロープで間違いはないだろう。市販品のロープだ。キロ単位ということはあるまい。
 腰につけた懐中電灯がゆれ、その光が縦穴の模様を無気味に彩る。
 時間の感覚は、あっという間になくなった。
 瑞麗と別れてから、ほんの数分というのは間違いないはずだ。にもかかわらず、一昼夜以上、ロープにぶら下がっていたかのような疲労感がおしよせてくる。それは、腕や足の痛みではなく、明らかに精神的な代物だった。
 先ほど上で聞いた破壊音以降、下の様子に変化はなかった。世界を呪うかのような苦鳴が幻であったかのような静けさだった。
 降りるのを止めて、下を見た。
 下方は闇に閉ざされている。ずいぶんと降りた気がしていたが、いっかな床が見える様子はない。
「――騙されてるか?」
 小さく呟き、懐を見る。
 その瞬間、下方が明るくなった。
 黄金の光が溢れてくる。そして、それは見る間に強さを増し、辺りを夜明けのような明るさで彩った。
「――!」
 村雨は眉を寄せた。そして、小さく舌打ちすると、ジャケットの内ポケットから、一枚の符を取り出し、放つ。
 ひらひらと舞うかとおもわれた符は、ぴたりと空中で止まった。そして、ほんの一瞬のためのあと、平安時代の貴族の付き人のような格好の、童子の姿をとる。
 赤い頬の童は、空中に浮かんだまま村雨を見た。
「下におろせ。――っ!」
 揺れた。
 今までの静けさが嘘のように、遺跡が揺れる。たった一本のロープに支えられた村雨は、嵐の中の木の葉のように翻弄された。
 童子が近づき、村雨の腕に手をかける。
「空間の移動は出来ねぇのか」
 近づいてきた壁を足で蹴りながら、村雨は言った。
 童子が頷く。もみじのような幼い手が、ぺたりとジャケットの袖にはりつく。
「しゃあねぇ」
 苦笑すると、思い切り良くロープから手を放す。童子が、村雨の肩に乗ったように見えた。
 落下が始まる。
 自殺行為かと思えたそれは、思いのほかゆっくりとしていた。
 鮮やかな黄金の光の中、彼は落ちていく。


「鬼神招来! 十二神将!」
 黄龍の目覚めの咆哮が響き渡る玄室に、新たな存在の声が響いた。
 それと同時に、別の色をした光が、天井の穴から降りてくる。十二人の大人と一人の子供を従えた男が、ゆっくりと床に降り立った。
 亀裂やすでに隆起した石はそのままだ。だが、彼を中心とした十二神将の領域(エリア)は、その瞬間、ぴたりと揺れを止めた。
「――派手にやりやがって――」
 童子が、輪の中から飛び出した。そして、塵芥のように宙を舞っていた皆守と阿門の方に向かう。
 どうみても彼の手には余るだろうと思われる青年の身体を、両手で軽々とぶらさげると、輪にひきずりこんだ。
「おまえ、いつのまに……」
「東の棟梁に借りだ。さすがに、現出させる(だす)のが精一杯ってとこだが、いけるか?」
 如月は、自分の足で輪に入ってきた。先ほど、みぞおちを直撃されたのが効いているのか、動きは今ひとつ鈍い。
 傍らに立つ如月を、村雨は目を細めて見た。
 如月は無言で頷いた。
「助かった。――もう、いける」
 一度目を閉じ、開く。その動作で、鉢に水が満ちるかのように、玄武の化身の気配が戻ってくる。
「女の子ってのは、いないようだな」