黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~
角度速度ともに最適をもって放たれた蹴りの足先から、標的にそれらを注ぎ込み、力学と気脈の双方から破壊する。
脚が振り切られた。
人一人分とは比べ物にならない気の力にか、京也の身体がふっとぶ。はじめての快挙だった。
名も知れぬ墓石の上で動きを止めた京也を、彼らは見守った。
一番近い位置で壬生。ゆっくりと距離をつめる村雨と如月。そして、生徒会役員たちを背にかばって下がる弦月。
淡い黄金の龍が、頭上に浮いている。ただしそれは、《墓》に向かって自らの身を躍らせることもなく、ただ緩やかにたゆたっていた。
ぴくり、と、京也の指先が動いた。
黄金の色が、ほんの少し濃くなる。
彼らの顔色が変わった。
細い目をさらに細め、弦月は青竜刀を構えた。
壬生は腰を落とし、村雨は懐を探る。
最初に飛び出したのは如月だった。
忍刀を構えた姿が、弾丸のように、未だ力なく倒れたままの京也に向かう。
また、指先が動いた。ほんの少し、頭が持ち上がる。
漆黒の目が、向かってくる相手を見た。
距離がつまる。ぎこちない動きで上体が起こされる。
如月は、黒い刀を抜いた。京也の動きは鈍い。簡単に背後に回りこむと、頭を固定し、喉を抉る。
「汀」
否。
左手は、京也の頭を確実に固定していた。だが、刃は頚動脈から数センチの場所にあった。
固定していた方の手が、力を失った。そして、京也の肩を抑えた。
てのひらが、ゆっくりと形を変える。その下で、濡れた薄いセータがしわを作る。
刃が下がる。頭の位置も下がった。如月は、京也の肩口に自らの額を押し付けた。
「僕はおまえを護るためにあるのに」
雪片が落ちてきた。それは、この場に吹き荒れていた不自然な風が収まったことを意味していた。
如月の腕の中、小さく京也は身じろぎした。瞬間、刃が跳ね上がる。だが、それだけだ。小さく震え、それは力を失った。
「戻って来い。――戻って――」
幾片も、幾片も、とどまることなく落ちてくる白。
闇に吸い込まれる、黄金の龍の姿。まるで、もとからそんなものは存在しなかった。そうとでも言いたげなほどあっけなく、それは夜闇に姿を消した。
京也の身体から力が抜ける。
金属と石がぶつかる澄んだ音が響いた。
村雨は、携帯電話を取り出した。奇跡的に壊れていないことを確かめると、履歴を確かめ、通話ボタンを押す。
瑞麗と弦月が、手際よく生徒会の人間を寮に向かって追い立てる。意識を失った怪我人も、京也以外は、一団の中の体格の良さそうな人間が担いでいる。
「……おい。グランドに車を回させた。五分で来る」
京也を抱いたまま微動だにしない如月に、村雨は声をかけた。
ほんの一瞬、抱く手に力が篭ったことが見て取れる。
「ああ」
いつもの如月の、低い声が応えた。
「行ってくれ。俺は後始末をしてから追いかける」
もう一度促され、ようやく如月は肩の力を抜いた。そして、ぐったりと正体をなくしている京也の身体を横抱きに抱きなおす。
方向を確かめてから歩き出す姿を、村雨は目を細め見守った。
「さて。――まずは、立ち入り禁止のロープからか?」
村雨の言葉に、壬生は無言で頷いた。
作品名:黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~ 作家名:東明