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黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~

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「ええと。……遺跡が崩壊し始める光景、か、な。最深部で、床がひび割れて……」
 しばらくの後、京也は首を横に振った。その様子に、院長は真面目な表情で頷いた。もりあがったほっぺたに埋もれた目が、深い知性の輝きを宿し、所在無げな笑みを浮かべる京也を眺める。だが、すぐに彼女は相好を崩した。
「念のため、後で検査はする。が、私の見立てじゃ、少なくともインフルエンザの人間よりは元気そうだ。――イイ男には、いくらでも入院して(いて)もらいたいとこなんだがね」
 そう言って、まるまっちいてのひらで、勢い良く京也の背を叩く。
「生憎うちには、男用の入院設備がない。それでなくても、元気な人間をおいとくような場所なんざないんだ。明後日には退院だね」
 布団につっぷし、片手で叩かれたところを抑えている京也を見下ろし、院長は昔と同じ笑い声を響かせた。
「何なら、足の一本も折ってみるかい? そうしたら、新年早々、たあっぷりと可愛がってやるよ」
「え、遠慮します」
 京也の言葉に、残念だと院長は笑った。
「診察は終わりましたか」
 軽いノックの音とともに、村雨が戻ってくる。そして、部屋の中を見回し、院長の姿を認めると、小さく頷いて尋ねた
「ああ。明後日には退院といったところだ。おいたもいいかげんにしておくんだな、いい年をして」
「全くです」
 院長の言葉に面白そうに村雨は笑った。ベッドの京也は、何ともいえない表情で、自分以外の皆の顔を眺めている。
「とにかく、明日は一日検査だ。まぁ、念のためというやつだな」
「はい、わかりました。よろしくおねがいします」
 若い男の肌がと言って笑いながら、院長は病室を立ち去った。いっしょに来ていた高見沢舞子が、小声で後で来るねと言い残す。
 二人を見送り、京也は小さく笑った。
「違和感ありますね。村雨くんの敬語ってやつも」
 村雨は無言で肩をすくめた。
「さてと。ま、すぐに退院だが、何か欲しいものはあるかい? 一応、下着だ何だってのは、そこの私物いれに入れてある」
 病室を見回してから、村雨は尋ねた。
 京也は、テレビが乗った台を見て頷いた。
「ありがとうございマス」
「何もないなら行くぞ」
「ええと」
 急いで京也は声をあげた。村雨は、すでに踵を返しかけていた。だが、京也の声に、動きを止め、無言のまま続きを待った。
 もう一度、京也は発声練習を繰り返した。
「何だ?」
 声に出して尋ねられ、目をそらす。一つ息を吐き、京也は言った。
「ええと。――その、お忙しいでしょうけれど、ご都合が悪くなければ、もう少しいていただけないでしょうか」
 声が上ずっていた。
 目をそらしたまま、早口で言われた言葉に、村雨は片方の眉をあげることで答えた。
 視線はなかなか戻ってこなかった。
 村雨はためいきをついた。
「いいぜ」
 そう言って、見舞い客用の椅子に腰を下ろした。


 村雨は、ポケットをあさり、そのまま手を引き出した。ここは病室だった。
 「傍に」と言ったものの、京也は何も言わなかった。いや、正確には、何度か口を開きかけたが、言葉にはならなかった。村雨もまた、促すようなことはしなかった。
 あまり居心地のよくない沈黙が続いていた。
 ええと、と。また、声がした。
 そちらを注視することなく、村雨は続きを待った。
「――何か、最近多いんですよね。キシカンって、いうんですか? さっきも、あー、こーやって見慣れない天井と目が覚めたかって、どっかであったなーと」
 一息に言うと、京也は笑い声をあげた。
「ホントにあったんですけどね。どれも。んで、どちらも奇遇なことに、オリジナルの風景は木刀つき」
「良かったな。いたのが本当にそっちなら、今頃退院が半年延びてるぞ」
「いや、京一くん相手なら――」
 言いかけて、京也は言葉を切った。
 不自然なほどに長く、続きが来ない。
「……どうしたんだ、アンタは」
 村雨は、京也に向き直った。布団に突っ伏して、何やら悶える京也を呆れたように見、嘆息する。
「いえ、ちょっと」
 京也は、何やら情けない声をあげて、頭を抱えた。唸り声は収まることなく、バリエーションは多岐にわたる。
 その様子を、村雨はじっと見守った。
「……青春時代は、はづかしいのの積み重ねってやつですね。ええと」
 やっとこさ顔をあげ、不自然なほどに明るい口調で京也は言った。そして、ちらりと村雨を見てから、また「ええと」とくりかえす。
「その」
 言って、息を吐いた。そして、小さく笑うと、自らのてのひらを見下ろして言った。
「ホント、マジ、何で生かしとくんですか? 始末するのが一番効率的でしょう? って、あ、その帰んないでください」
 村雨の様子を確かめているわけではなかった。
 ただ、窓ガラスを割った小学生みたいに目をそらし、浮かび上がる言葉を選びもせずに放り投げる。
 村雨はじっとその様子を見守っていた。
「ええと。――あー、やっちゃったよをい、これで始末されるっきゃないかなー。……怖いなぁとか。ごめんねとか。一番の安全策は出てるにも関わらず、ンなことも考えてたりとか。情けないなぁと。ああ、だから、こーゆーのを人に言ってどうするって気もするんですが」
 やっと言葉を切ると、京也は小さく笑った。
「どーすればいいんでしょうね」
 ぽつり、と、力ない言葉が宙に浮く。
「アンタ、相談してんのか? もしかして」
 しばらくの後、村雨は尋ねた。
「ううん」
 違うような気がする、と。そう言って京也は首を横に振った。
 大げさなまでの嘆息が、病室に響いた。
 村雨は、椅子から立ち上がった。その気配に、目に見えて、京也の肩が震える。
 口元を歪め、手を伸ばす。そのまま、抱きしめた。
「――ええと」
 しばらくの後、京也が言った。彼の片手は、戸惑うように布団の上で動いている。逃れる、引き寄せる、撫でる。いくらでも動きの候補はあり、どれをも選びかねている様子だった。
「俺は、アンタのふざけた口調がまた聞けて嬉しいと思ってる」
 口調は静かだった。ただ、抱き寄せる腕に力が篭った。
 京也は俯いた。角度を変えた額は、村雨の広い肩に押し付けられることになる。静かに目を閉じ、微かに顔を上下させた。感触でそれを知ったか、さらに村雨の腕に力が入る。
「そんだけうろたえるってことは、アンタ、自分が何を言ったかわかってるんだろう?」
 再び、村雨は肩で頷く気配を感じた。
「それでも、響く。そんなこと思えば、皆が嫌がるってことを考えて、そんなことを考える自分はなんて酷い人間だと思って、余計に――」
 村雨は苦笑めいた吐息を漏らした。
「普通はそこで、止めようになるんじゃないのか?」
「考える。そのうち、考えるのも、問うのも、答えも全部なくなって、ただ否定の意だけが響く。こんなん、人に言うことじゃないんですが」
「――一つ、答えをやろう。アンタの性格は、当代黄龍の器としては比較的都合がいい」
 静かに村雨は言った。腕の中で首をかしげる気配に、小さく笑うと先を続ける。