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黄龍妖魔学園紀 ~いめくらもーどv~

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「普通、キミをヒツヨウとしてるヒトがいるからとか、ココロザシ半ばで倒れたヒトを思いやれとか、ヒトのイノチはちきうよか重いとか、言うんじゃないのか?」
 皆守が連ねたいくつかの例を、京也は面白そうに笑った。
「皆守クン。その言葉に、リアルはありますか?」
 さらりと言われた言葉に、皆守は言葉を失った。
 別に、死にたいと言ったわけではなかったが、似たような言葉は過去に何度も聞いた。善意の他人が。自分が識者だと思っている他人が。有るべき人の姿に疑いを持たぬ他人が。わがままな子供を、厳しさで鍛えると、優しさで育てると、欲しくもない手を伸ばし、いじくりまわそうとした。だから、努力すべきだと。だから、心を開けと。だから――。
 ゆっくりと、皆守は首を横に振った。
「ないな、確かに」
 そして、改めて口にした。
 やさしい人もいた。単に傲慢な人もいた。職業の場合もあった。隣人の場合もあった。
 ただ、かきわりみたいだった。皆が、決められた台本の通りに、あるべき姿で、言葉をつむいでいるように見えた。そして、それが普遍的な真実だと言った。
「でしょ?」
 薄い近眼鏡の向こうの目が、細められる。まるで、ハトでも出しそうに大げさな動作で両手を開く。
「まぁ、あの夜のボクならば、そう言ったと思いますけどね」
「今日は、そんなのは嘘だと言うのか?」
「うそ、とは言いませんよ。ただ――今のボクには、どちらかというと、人身事故で電車を止められたときの、哀しみも何もない、ただの苛立ちの方がリアルです。あれだけ目の前で、自らの思い込み――いえ、使命や希望、望みに権利義務。いろんなものに命をかけ、場合によっては、それを捨てることも厭わない人々を見てきながら。それなのに、今のボクにとって電車に自ら身を躍らせる人の死のリアルはない」
 口調はあくまでも軽かった。教室で、屋上で、食堂で。昨日のドラマの結末以下の重みしか持たない話をしていたときと、なんら変わることはない。
「さらには、なぜ、ボクの選択は論外なのか。大事な人たちが嫌がるだろうなぁと理解してて、それが嫌だなぁと思っても、思うことだけは消えない。そのくせ、ちょっとやそっとの落ちてみたり切ってみたりしても、死なない。それは、ボクがそうありたいと望んでいるからなのか。こんなにも――」
「アンタ、いつもそんなこと考えてたのか?」
 京也の言葉を、皆守は少しだけ強い調子でさえぎった。
 首をかしげ、何度かまばたきする。
「本を読んでれば、それを楽しんでますよ。授業だって聞いてました。話をしてれば、それについて考えてます」
「そうじゃなくて」
「――さぁ。そんなに、思い通りになるものでもないっすからねぇ」
「自分のことじゃないのかよ」
「皆守クンは、違います?」
 その問いに、ゆっくりと皆守はうなずいた。確かに、あの時、崩壊していく《墓》の中に残ろうとした。この閉ざされた学園で、死を思ったことがないとは言わない。だがそれは、たまたまだ。あくまでも、その場での衝動だ。
 だが。思い通りにならないとは何だ?
 笑いながら。何かを食べながら。見つめながら。くだらない話をしながら。時と場所をかまわず、誘惑は忍び寄り、ささやきかけ、彼をどこかに連れ去ろうとする?
「人それぞれなんすね」
「――っ」
 興味深そうに、京也はうなずいた。
「皆守クンも、そういう顔をしますか」
 歪んだ顔に、京也は手を伸ばした。穏やかに微笑んだまま、人差し指の背で、皆守の頬に触れる。
「超ビーンボールだったみたいっすね、ごめんなさい」
「だからっ!」
「で、ね」
 手を引き、顔をのぞきこむ。
「こういうボクでも、皆守くんがまたああいった行動に出たとすれば――全力で邪魔すると思うんですよ。そうしたいと言ったなら、ものすごく悲しそうな顔をします。とりあえず、殴ってでも止めとこうかとか。自分がされてとても困ることだと分かっているのに。自分がされてこまることは、他人にしない主義なんですけどね。それでも、せずにはいられない」
「――脅してるのか? それは」
「わりと。利害の不一致の一つの例ってやつです。この忙しいのに電車止めるなとか、そういうのの他に、あなたに会えなくなるのはとても寂しいって、そういうのも、ね。あるんです」
「俺は」
 言葉を詰まらせる皆守を見て、京也はもっともらしい表情で頷いた。
「禁カレーとか効きそうですね。あと、禁煙ならぬ禁アロマとか」
「……」
「今現在ボクは全く逆のカレー責めにあってるんですが。いやぁ、三時のおやつまでカレーせんってのは、マジどうかと」
 冗談だったのだろうか。京也は空を仰ぎ、笑い声をあげた。
「パイプは、なくした」
 皆守は、ただ、そう言って目を逸らした。おや? と。京也は首をかしげ、そうですかと頷いた。
「まだ、やる気あります?」
 二度(ふたたび)の問い。今度は、解説のために言いなおす必要はない。
 ゆっくりと、皆守は首を横に振った。
「これから先、そう思うときが絶対にないなんてことまでは、言えない。だけど、少なくとも俺は《墓》のせいでは死なない」
 はっきりとした言葉に、満足げに京也は頷いた。
「別件のときは、また別件として。全力で邪魔させてもらいましょうか」
 楽しそうに何度も頷く。その後、何かに気づいたかのように目を見開いた。さらには、わざとらしくあたりを伺ってから、皆守に顔を寄せる。
「そーいや。もっと重要なこと、忘れてました」
 皆守は首をかしげる。京也は、さらに声を潜めた。
「卒業の方はだいじょーぶなんすか?」
「そっちのが重要かよおい!」
 思わず手の甲ではたきかけた皆守に、にははと京也は妙な笑い声を聞かせる。何度も聞いた、独特のそれだった。
「んで、だいじょぶ?」
「……うるさい」
「あっちゃー」
「拝むな」
 まるで決まったことであるかのように、京也は顔の前で合掌し、小さく頭を下げた。ご愁傷様です、と、わざわざ声に出して言いながら。
「まだ、決まってない」
 目を逸らす皆守の前に、京也はまわりこむ。
「わざわざ回るなよオマエは」
「補習や追試でなんとかなるなら、家庭教師したげましょうか? だいじょぶっすよ、コレでも家庭教師のバイト暦は長いっすから。どの教科でもいけますよ」
「うるさい黙れ」
 本気とは程遠い蹴りを、京也はおおげさな動作でよけた。
「ま、がんばってくださいな。なんとかなりそうなんでしょ? 雛先生が、本人以上に東奔西走してくれてそうだし」
「……」
「あー、ダリぃ」
 あまり似ていない。
 何も言わない皆守を見て、京也は声を上げて笑った。笑いながら、ベンチコートの中からPHSを取り出すと、サブディスプレイで時間を確かめ、頷く。
「さて、そろそろ帰りますか。写真も取ってきたし、お夕飯の時間だし」
 フン、と、すねたようにそっぽを向く皆守を、京也は目を細めて見守った。
 しばらくの沈黙の後、もう一度いった。
「それじゃ、また」
「ああ」
 皆守は、不機嫌に頷いた。しばし目をそらしていたが、やがて京也の方に向き直る。
「また、会いに来いよ。――卒業式は、多分、他の連中も待ってる」
 京也は頷いた。そして、片手を挙げ、ひらりと振ってみせる。