黄龍妖魔学園紀 ～いめくらもーどv～
「東京都内、新宿区の端に大学並みの広大な敷地を持つ全寮制の私立高校。どちらかというと、あまり優秀な方ではないな。スポーツにしろ、学業にしろ。京也の弁によれば、ここ数年のスパンで行方不明者が多数出ているらしい。生徒会という名の自治組織が、教職員以上の権力をもって学園を統治しているという。そして、先ほど確かめたとおり――物理結界が存在す(あ)る」
「アンタも平和ボケか？ 何にも知らないに等しいじゃねぇか」
村雨の容赦ない言葉に、目を伏せる。
「僕の、ミスか……」
しばらく黙って煙草を吸っていた村雨は、短くなったそれを灰皿に押し付けた。
「ハッキリ言っちまえば、真神なみのホットスポットだ。ただ、真神は護人が優秀なおかげか、《力》があるわりに安定している。つけいるスキもねぇ。だが――」
「まさか、護人がいない？」
「もともといなかったってこたあ、ねぇだろう。アレだけの場所に学校なんてものがまがりなりにも建ってんだ」
如月の言葉を、あっさりと村雨は否定した。
「ただ、ここしばらく。有体に言やあ例の事件以降、あそこは真神以上だ。護人の利害が外部と一致しなくなったからか、不在となったか、狂ったか。そこかしこの組織が、あそこを監視対象にしている。もちろん、秋月もだ。もっとも、介入可能性リストのはしっこ、だがな。もうちょっと調べるにゃあ、アンタの呼び出しが早すぎた」
村雨の言葉に、如月は目を見開いた。すぐに目を伏せると、謝罪の言葉を口にする。しばらく考えてから、如月は別の疑問を口にした。
「それだけの危険な場所らしいというのに、秋月は「介入可能性のはしっこ」なのか？」
「ああ、単純に専門外だ。センセイをつれてったのは、ロゼッタ協会だろう？ 連中の行動理由は、星見を擁し陰陽道に根ざした活動を行う秋月にしてみりゃあ……」
「専門外、か。確かにな。今後、介入の可能性は？」
村雨の返答の残りを引き取り、如月は頷く。
「センセイが倒れるようなら、介入対象だな。ただ、今のセンセイ程度が「危険」というレベルじゃあ……残念ながら「その程度」だ。世の中の「のろわれた場所」をいちいち全部つぶして歩くほど、秋月はヒマじゃねぇ。そりゃあ、街のまじないしの仕事だ」
村雨の言葉に、如月は目を見開く。
「……馬鹿が……」
そして、面(おもて)を覆い呟いた。
「他にも、多少は情報(ネタ)がある。それは今渡す。もう少し、まともに調べたやつは後日届けよう」
「ああ。……秋月は介入しないのではないのか？」
半ば楽しんでいるようにも聞こえる村雨の声に、如月は顔を上げた。
「秋月はな。ま、世の中労働基準法っつーもんがある。たまにゃあ、権利を主張してみるさ。なんてな。ま、ホントのことを言えば、センセイがヤバいとなりゃあ、秋月のトップはみんなおおさわぎだ」
片目をつぶってみせる村雨に、如月の口元に笑みが浮かぶ。
「アンタもあんまり焦るなよ。情報が少なすぎる。で、どうする？ 黄龍甲は、御門に頼んでみるか？」
「いや」
少し考えて、如月は首を横に振った。
「他にも用がある。取引してみよう――ロゼッタ協会と」
如月の表情に村雨は目を細めた。
「……。無茶はするなよ。とりあえず、天香学園についての概要だ。紙がほしけりゃ、後で作って届けるが」
「いや、ないほうがいいだろう。聞かせてくれ」
姿勢を正し、言葉を待つ如月に、村雨は頷いた。
話が終わり、もう一本、新しい煙草に火をつけたところで、村雨は言った。
「なぁ、如月さんよ。俺は正直なところ、センセイがあそこに行ったのも悪くはないんじゃねぇかと思っている」
「……《力》か」
出されたミネラルウォーターを口に運び、如月は目を細めた。
「まぁ、そーゆーこった。ヤバイ予感っつーのは……土地が告げたか？ それとも。世の中にゃあ、他人のためのが、肝が据わる人間てのもいる」
「お前は、あの夏の汀を知らない」
能面のような無表情が、如月の面(おもて)を覆う。
「それでも、あの人は、おっそろしく厄介な野郎に勝って、世界を守ったんだぜ？ 確かに僥倖だ。俺やアンタみたいな優秀な人材もついてた。だが」
「――」
村雨の告げる事実に、答えるべき言葉を探し、如月は目を閉じた。だが、言葉が発せられることはなく、ただ、黙って首が横にふられただけだった。
作品名：黄龍妖魔学園紀 ～いめくらもーどv～ 作家名：東明