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染まる色は同じ色

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 黒の半袖から流れる腕は白く、日焼けの影もない。汗が滴り落ちる白皙の頬同様、僅かに赤みを帯びてはいるがそれだけだ。彫りの深い顔立ち、整った容姿、言動はその気になれば相手に不信感など欠片も与えず、ただ心地よい会話を成立させることができる。
 つくづく残念だと思う。その性格さえまともだったら。臨也を知る人間が誰もが一度は考えたことを帝人も思い、今度こそ夕飯を作るべくシンクへと向きなおった。
 よし今日は暑いし素麺にしよう。薬味とめんつゆは買ってきてあるし、それじゃ味気ないとごねた臨也によって多少の付け合わせも作るとして。帝人が腕まくりした瞬間、ぺたりと首筋に当たる生温かい感触。
「ひあっ?!」
 思わず悲鳴を上げるが犯人なんて一人しかいない。背後を睨めばにやにやと笑みを浮かべる悪趣味な大人の姿。
「うーん、細。てかさ、人に脱がせておいて自分は脱がないの?」
「は!?」
「長袖。見てるだけで暑苦しいんだよねー」
「ちょ、ならひっつかないでください暑い!」
「え、無理」
 へらりと笑った臨也の指先は首筋から始まって手首や指先、服の上からも体のラインをなぞっていく。まるで体の神経を辿るように動く指先に翻弄されながら、帝人は声を張り上げる。一歩間違えれば妙な感覚に飲み込まれそうになるのを恐れるように。
「止めてください! ああもう、何がしたいんですか!」
「んー、とりあえずそのシャツ引っぺがそうかと。だって見てて暑い」
「ちょ、どこに手入れてるんですか! わかりました、着替えますから剥ぐな変態!」
「えーひどーい! 着替えさせてあげようって言う好意なのにぃ!」
「いいからちょっと離れてください!」
 本気で振り払おうとする帝人にはいはい、と常の笑みに戻りながら臨也は離れる。それを睨みつけながらも帝人は汗で張り付いたシャツに手をかけた。一瞬躊躇したがどうせ此処にいるのは臨也一人、男同士だし問題ないだろうと踏んで。
 さっさと済ませようとシャツを取り出し、上だけだが変える。自分でも思っていたが、やはり半袖と長袖では感じる暑さが格段に違う。蒸し風呂めいたこの部屋でも僅かの違いを感じ、ほうと息を吐けば揶揄するような声が上がった。
「白いねぇ、さすがもやしっ子」
「……煩いですよ。臨也さんだって白いくせに」
「俺は頭脳労働だからー。でも学生さんは目指せ文武両道でしょ?」
 からかい交じりに言ってくる言葉が本当だから腹が立つ。嫌いな科目は体育と言いきれるほど帝人は運動が苦手だと言うのに、目の前の男は池袋最強と言われる男と戦争を繰り広げるのだ。今更ながらにそのスペックが非常識だと思う。
 にやにやと笑う臨也は器用に片眉を上げて笑みを深める。嫌な予感。覗き込みながら彼は楽しげに告げた。
「ほんと白い。でも所々赤くなってるねー。こりゃ日焼けで火傷するタイプ?」
「……ええそうですよ。迂闊に日焼けも出来ませんよこれで満足ですか!?」
「はは、怒んないでよ。君らしいしさ」
「貧弱だって言いたいんですか」
 その手の言葉は級友に親友からと慣れっこだ。時折教師からも頂く言葉は流石に杏里からは貰いたくない……そんな風に考えていると意外にも、臨也は「ちがうよ」と否定する。
「君らしいんだよ。名は体を表すと言うけど、体は行動を示してくれる」
 くくっと低く笑いながら臨也は帝人を引き寄せる。突然肌に触れた僅かに冷たい体温に体を震わせれば、尚愉快だとばかりに臨也は微笑む。
「体質もあるだろうけどね。……ほら、少しでも焼けようものなら赤くなる。それでもってきっと君は赤くなって熱を持っても、きっと白に戻るんだろうね。絶対に焼けない」
「、そうですけど」
「ならやっぱり君らしい」
「…………勝手に言っててください」
 僅かに力を込めるようにして体を離す。それだけで容易に拘束は解けた。
 しかし今だにやにやと悪辣な笑みを浮かべる情報屋に思うところがないわけではない。喧嘩人形と並び称される情報屋に一回の高校生が太刀打ちできるなど思わないが、一矢報いたいと思うのは当然だろう。
 ちらりと視線を向けた先に普段とは違った姿の臨也が見える。袖から見えるのは帝人に負けず劣らず白い肌。もしこのまま炎天下に放りだしたら確実に赤くなるだろうというくらいの。
「……なにその顔」
「いえ別に。至って普通の顔ですが」
「何か企んでいるなら早めに言えば?」
「そうですね、ならお言葉に甘えて」
 にこりと笑顔を作った帝人に臨也が不審そうに眼を眇めた。そんな態度に臆することなく帝人はほら、と指差す。
「僕の事白い白いって言うけど、臨也さんだって白いじゃないですか」
「まあ、俺は室内労働だしね」
「あれ、外回りも多いんだってこの間愚痴ってたじゃないですか」
「……よく覚えてたね」
「いきなり捕まえられて今日みたいなことになりましたから」
「……あの時はちゃんとご飯食べさせてやったろ?」
 渋い顔をする臨也に内心してやったりと帝人はほくそ笑む。先日、池袋に用事があったらしい臨也は普段のように出歩いていたが、その日は運が悪く猛暑。更に天敵の喧嘩人形と遭遇したらしく、見るも無残な様子になっていた。たまたま遭遇した帝人を有無を言わさぬ様子で引きずりこまれ、臨也の気晴らしに付き合わされた。夕食を食べさせてもらったのは助かったが、玩具にされることになんとも思わないわけではない。
 臨也としてもあのような姿を見せたのは不本意だったのか、表情の中に苛立ちが見える。
 彼のそのような姿を見るのは珍しく、尚且つ自分が原因ということに帝人はほんの少しだけ優越感を抱いた。何故かはわからないが。
 普段非日常の側にある人間を自分がからかっている。それに少しだけ酔っていたのだろう。他でもないその相手が折原臨也だと言う事を忘れて。
「色々言ってましたけどそれだけ肌白いんですから、コート着てる理由に日焼けするのが嫌だからっていうのもあるんじゃないですか?」
 にこりと笑ってみせれば、ひくりと臨也の口の端が引きつる。笑みを浮かべてはいるが頬に力が入っている。特に表情を読むことに長けていない帝人でもわかるほど、あからさまに。
 あ、ヤバい。
 本能が警告を発するが、もう遅い。
「言われてみれば、そうかもしれないね?」
 首をほんの少し傾げて微笑む折原臨也は美しい。だというのに。
 眇められた目の奥。決して笑ってない目に背筋に汗が伝った。
「まあ確かに俺も白い方だけど。うーん、そんな返しが来るとは流石帝人くん」
 何故か硬直したまま、動けない。気圧されたように言葉も出ない。伸ばされる手を拒めずに受け入れ、腕を取られる。
 生温かい、少し冷たい温度は否応なく目の前のひとの体温など知らされる。血も涙もないと噂される折原臨也が人間だと、認識される。非日常の象徴のような相手が、人だと。
 距離が詰められる。掴まれた手は離されない。今の帝人の心情を表すならば、それこそ蛇に睨まれた蛙なのだろう。気温のせいか、はたまた心情のせいかつうっと一筋、汗が頬を流れていく。
 その汗をぺろりと何気なしに近づいた顔が、舌が舐め取る。つっと這わせた舌が頬を、軌跡を辿り、なにがなんだかわからない帝人の前で、折原臨也は微笑んだ。
作品名:染まる色は同じ色 作家名:ひな