紅魔驚
表情の見えないお嬢様は、いつもより数倍増しで怖かった。即座に扉を開け、飛び出していく。
「お嬢様、では私も探して参ります」
今まで静謐を守って後ろに控えていた咲夜が静かに告げた。
「ええ、あなたには期待しているわ。すぐに見つけてきて、私にふさわしいメイドであることを証明なさい」
「了解いたしました」
そう言うなり気配がすうと消えるのを感じた。ついでに冷めた紅茶も淹れたてのもに変わっていた。菓子もどうやら焼きたてのクッキーになっているようだ。本当に、優秀なメイドである。
レミリアは新しくなった紅茶をすすりながら思うのであった。
ドン
紅魔館の門を急いで出ようとする私に真正面からの衝撃が襲う。何かと目を向ければ、
「あ、咲夜さん」
ぶつかった相手は、紅魔館の完全で瀟洒なメイド長、十六夜咲夜だった。
「どうしたんですか? ああ、咲夜さんも今から探しに行くんですね」
話しかけても何の反応もない。光の加減か、表情が見えにくいことも相まってどうにも先が見えない。
「あ、あの~。咲夜さん?」
すると咲夜さんはすう、と近づいたかと思うとものすごい殺気を感じ、反射的に退いてしまう。それに追い打ちをかけるように顔のすぐ横を白い手が閃光として駆け抜ける。
結果として、私は咲夜さんに壁際に押しつけられるような形となってしまった。
あまりに突然のこと過ぎて戸惑いの声しか上げられない。そこへ地の底から這いずってくるかのような声が襲ってきた。
「ねぇ、美鈴? 私、あなたにちょっとしたお願いがあるんだけど・・・」
「な、なんでしょう、咲夜さん」
「実はね、お嬢様の探してるヤツを探してきてほしいの・・・」
「え、もちろん今から探しに行こうと思ってたんですが」
「そう、でもね美鈴。それについての情報はお嬢様にはお伝えしないでもらいたいの。わかる? つまり、私にだけ情報を流せばいいということよ」
わからない、咲夜さんの意図が全く持ってわからない。
「な、なぜですか? お嬢様のその、好きな人を捜すんですよね?」
―――ビキ、
「え?」
何か変な音がしたような・・・。
「どうやらですね。お嬢様が探している相手は、人か妖怪かわからないそうです」
「へ、へぇ~」
――――――ビキビキ、バキ、
「しかし、ですね。そんなことはどうでもいいんですよ」
「あ、あの咲夜さん。こ、声が怖いです、よ?」
しかし、そんなことはお構いなしに咲夜さんはしゃべり続ける。それに伴って横から聞こえる不気味な音が大きくなる。
「私の、私のかわいいお嬢様に手を出すなど言語道断。きっと何か怪しげな術を使ったに違いないのです」
―――バキバキ、
「死を、死を死を死をしをしをしをしをシヲシヲシヲ」
「純情可憐なお嬢様を魔の手に掛けようとした愚かものに死を、魂にまで響く苦痛を! 存在ごと消し去って二度とこの世に戻ってこれないようにするのです」
―――バキバキバキ、グシャ。
「ひ、ひっ」
音の発生場所は顔のすぐ横、紅魔館の壁だった。ゆっくりとそちらを見てみると、見事な手形が抉られるようにして紅色の壁に傷を作っていた。
咲夜さんは、確か肉体的には人間のはずだが・・・、恐ろしくて声を上げるのも億劫になってしまう。
「ち、なみに、咲夜さんがその人?を見つけたらどうするつもりなんですか?」
「決まっているでしょ! お嬢様の見えないところで処分するんです。妖精メイドにはすでに命じて、陣を敷きながら捜索させています。後は、美鈴あなただけです。協力してくれますね?」
「えっとですね・・・」
「ああ、大丈夫です。お嬢様の言ったことなら心配しないで下さい。もし、見つけてこれたならそれ相応の待遇は用意しますよ。逆に見つけられなければ、」
そう言って愛用の銀ナイフをチラつかせる。
「死ぬだけです」
「はい、やります。やらせていただきます」
咲夜さん、目がイッてます。怖すぎですよ~。と心の内で絶叫しながら首を縦に振りまくった。
「よろしい、なら行きなさい。パチュリー様より早く見つけてきなさい」
「はっ!」
気づけばその場から一刻も速く立ち去りたい一心で、全力で駆けていた。
美鈴が全力で駆けて行くのを見送って、さてどうしたものかと考える。
探すと言っても、手持ちの情報があまりにも少なすぎる。かといって時間をかければお嬢様が・・・、いや、考えるのはよそう。精神的にもあまりよろしくない。
自分が冷静に動かなければ見つかるものも見つからないのだから。とりあえず、博麗神社にでも行ってみようかしら。今は、それぐらいしか手がかりらしいものがない。