紅魔驚
レミィはあわてて止めに入った。そんなに重要なことなのだろうか? まあ、いつも自分の思いつきを興味を最優先しているのだからあながち間違いではないのだろうが・・・。
ただ、それにしてもいつもとは違っていたのは明白だった。
「じ、実はね。その・・・、今から言うことを笑わず・・・き、聞きなさいよ」
いつもの自信に満ちたものではなく、まるっきり恥ずかしいというように消えいりそうな声で、その先を言おうとする。
あまりにもあんまりな態度なので、これは先を聞くのに時間がかかると思った私は、
「そう。じゃ、私は書斎に戻るから後は・・・、小悪魔。その先を聞いておいて」
急に振られたせいで、小悪魔は「え、ええ?」と混乱している。それを無視して私は席を立った。
もちろんそれは、形だけのものだったのだが・・・、
「わ、待ちなさいパチェ! いうから、いうから!」
それでも止まるそぶりを見せない私に半ばやけくそ気味に叫ぶレミィ。
「き、気になる人がいるの!」
「はっ?」
これがその場にいる全員の反応だった。
レミィは今何といたんだろう? しかもあんなに顔を赤くまでしながら。
これにはさすがの咲夜も動きを止めて固まっている。今まで後ろで身悶えていた姿のままで。
私は静かにもとの席に着き、少し冷めてしまった紅茶をすすり。
「どういうことかしら?」
としか言うことができなかった。
「だから、気になる人ができたと言っているでしょ!」
二度目の衝撃? 発言の後、咲夜はすうと静かに身だしなみを整え、完璧な笑顔を張り付けた。
「そ、そう。それはよかった?のかしら」
正直、あんな剣幕で言われてもどうしようもない。それに今回のこれは思いつきであるかもあやしい。
「それで、その人? 妖怪? がどうしたの」
「だから、探してきなさい。今すぐ、紅魔館の全員で!」
「はぁ」
そこで、いきなりレミィの後ろに控えていた咲夜が動いた。
「お嬢様、確かに幻想郷は狭いですが人探しとなりますとやや大きいように感じます。できればその方の特徴などをおっしゃられてはいかがでしょう?」
「そ、そうね」
さすがは咲夜と言ったところだろうか、そこからあれやこれやとレミィの微妙な記憶や私では解読不明の擬音語などからその人物像を割り出していった。
「つまり、そのお方は昨晩。お嬢様が夜の散歩をしておられる間に博麗神社近くの森で見つけられたそうで、髪は長くて黒く、年のころは十代前半。紺の和服らしきものを着た男性とのことです」
その報告にレミィは満足そうにうんうんと頷いている。
「夜の暗闇でよくそこまで見れたわね」
「パチェ、あなたは私のことを誰だと思っているの。吸血鬼よ?」
なぜか得意げなレミィを横目に、それだけでは探しようがないと心の内で溜息をつく。
たとえ紅魔館の全員を捜索に回してもまともに動けるのは私か咲夜の二人ぐらいのもんだろう。人海戦術とはただ人が多いだけでは成り立たない。ある一定ラインの能力を持つものが多数いることで初めて成り立つのだ。
妖精メイドの知能では到底人探しなどできるはずもないし、小悪魔や美鈴はそういうのに向いてなさそうだ。
それにどうせやや有能すぎるメイド長の咲夜が何とかするだろうから、私は自分の研究に集中させてもらおう。
ま、今回のレミィの反応には少し興味を惹かれるが事の顛末は全てが解決した後に、咲夜にでも聞けばいい。
「そ、じゃ私はこれで失礼するわ。それだけの情報じゃ探しようもないし」
そう言って席を立とうとする私にレミィが怒ったような声を上げる。
「ちょっと、私がこうまでして言ったんだから協力しなさいよ! 親友でしょ!」
「いくら親友でも聞けるものと聞けないものがあるわ。今回は後者よ」
「なっ、う~」
「それにどうしてそんなに気になるの? 最近までは博麗の巫女にご執心だったじゃない」
「そ、それは今関係ないでしょ!」
「そうかしら」
レミィは「う~」と唸ってからまたやけくそ気味に叫んだ。そして、その発言がこれから起こる全ての騒ぎの原因でもあった。
「す、好きなの!」
「えっ?」
「だから、好きなの~!」
再び訪れた静寂、私や美鈴はもちろんのこと咲夜まで固まっていた。しかし、これならレミィの今までのおかしな言動にも納得がいくといえばいく。
「へぇ、レミィが、ね」
「わかったなら早く探してきて!」
確かに親友がこうまで言うなら手伝うのもやぶさかではないが、それにしても情報が少なすぎる。ある程度、情報が集まってからなら・・・。
「魔理沙」
「!」
レミィの呟くような声に反応してしまう。それは言葉の内容、ある特定人物の名前への反応だが、話の流れ的にこれは仕方がない。
「ねぇ、パチェ? 今やってる研究って、確か・・・魔理沙との共同のものだったわよね?」
「それが、何?」
「もし私に協力して見つけてきてくれるならそれに手を貸してもいいのよ?」
「あ、あなたに魔術関係で手を貸すなんてできるのかしら・・・」
レミィはそこで「ふふっ」と笑うようなそぶりの後、文字通り悪魔の囁きで私を誘惑した。
「知ってるのよ。その楽しい楽しい時間を毎回あの人形師に邪魔されていることは」
「くっ、」
確かに、魔理沙との2人の時間を毎回どこから湧いてくるのか人形師、アリス・マーガトロイドに邪魔されてしまっている。
「それを私が阻止して、あげましょうか?」
「!」
レミィは私の反応に笑みを更に深くする。
「簡単なことよ。パチェがあの魔法使いと一緒にいる間、館に入ってきた人形師と私が軽く遊んでおいてあげるというだけのことよ」
「ね、簡単でしょ?」
「レミィ、それは本当?」
その返しにレミィの悪魔的な笑みは最高潮だった。
「もちろんよ。だって私たち親友でしょ?」
「ええ、そうねレミィ! 私たちは親友だわ。任せておきなさい、私の魔法を駆使して必ず見つけてつれてきてあげるわ」
「ありがとう、パチェ」
「大船豪華客船に乗ったつもりでいなさい。ふふふふふ」
「そう?」
なんだか身体が火照ってきたが関係ない。頭の中で広域の探索魔法がいくつも高速回転し、どうすれば少しでも早く速く見つけられるかと思考が進む。
「パチュリー様、お待ちください~」
後ろから小悪魔の声がする。しかし、振り返ることもせず、
「小悪魔、手伝いなさい! 少々忙しくなるわ」
「えっ、あ、はい」
そう言って勢いよく飛び出していくパチュリー様と小悪魔を見て、
「なんだか怖かったですね、パチュリー様。オーラみたいなものまで発していましたし」
残された私はただ呆然と見ていることしかできなかった。
しかし、そんな私にお嬢様は先とは違う、ややトーンの落ちた声で命令を発した。
「美鈴、あなたも行くのよ。門番の仕事はいいわ。見つけてくるまで紅魔館に帰ってこられるとは思わないことね」
「えっ、え~~~。それはつまり、クビ・・・」
「本当にそうなりたくなかったら早く行きなさい。さもなくば串刺しよ?」
「は、はい。わかりました」