肩越しの月
明け方まで続けられた行為に疲弊したのか静雄は目を覚まさなかった。
そんな寝顔を見て四木は苦笑する。
「別の男の名前を呼ぶのもルール違反ですよ」
ルール違反はこっちも同じですがね、と小さくつぶやいた。
胸元に何度も散らされた赤い痕は少し薄くなっていた。
これは未練だな、と四木は思う。
一度きりという約束に、自分が感じる未練。
これが組が素人相手に交わす約束事ならば、そんな口約束いくらでもなかったことにしてしまえるだろう。
けれどこれは、自分が、四木個人が、平和島静雄に対して個人的に交わした取引だった。いわば、自分の矜持をかけた約束だ。これを破るほど、自分は落ちぶれてはいない。
けれど、と四木は思う。
それらをかなぐり捨ててしまえれば、自分はこの男を得ることができるのだろうか。
眠る静雄の髪の毛に指をからめて、四木は嘯いた。
「稼ぐ気があればいくらでも稼げますよ、平和島さん」
この自分が取り込まれてしまったように。
まったく、と四木は自嘲する。
執着や独占欲を感じてはいけないというのはわかっりきっているのに。
手離しがたい。
女に溺れて身を持ち崩した人間を何人も見てきたが、自分は違うと思っていた。
なのに。
「俺も人のことは笑えねえな」
吐き捨てるように言うと、それでも四木は立ち上がる。。
執着や独占欲を切り捨てられるのが、この男の真価なのかもしれない。
それを切り捨てられずにもがく人間を一人残したまま。
部屋の扉は閉じられ、四木は一度も振り返らずにホテルを後にした。
月みたいなものだった。
手を伸ばしても届くことはない。
それが誰にとっての月だったのかは、誰も知らない。