拾う大人、拾われる子供
────何も言えない。
言うべきではない。
己の無力を痛感する。
けれど、落ち込んでなどいられない。
…だって。
自分は、教師だ。
教育者だ。
子供を護り、導く者だ。
それが、つとめ。
…前を向け。
そして足を踏み出せ。
己を叱咤し、言い聞かせる。
………相手は、子供。
まだ、子供。
強がって、皆に心配をかけまいと。
誤魔化しの笑みを振りまく、子供。
健気で優しい、哀しい、子供。
だが────自分に何が出来るだろうか。
何も知らず、知ろうともしなかった、この自分に。
資格。権利。
…意味が無い。
そんなものに拘ったりはしない。
………それでも………──。
こんな想いが心の中にある限り、きっと苛まれ続ける。
だが、自分は──
「鬼道…?」
名を、呼ばれて。
知らず笑みが浮かぶ。
手はその頭を撫で続けていて。
自分は。
「………おう、何でもないよ。そんじゃ、行こか?」
「おうっ!!ラーメンラーメン♪おごりなっ♪」
「…暴飲暴食はあかんで?」
「わーってるって!!」
………己の想いを誤魔化し、隠し──笑って。
その傍らに。
見付けたのは、偶然。
それが知り合いだったのも、偶然。
けれど拾ったのは────多分、必然。
ただ傍にいて。
手を、握ってやる。
それが救いになる事も、あるのだと。
「なー、鬼道…」
前を歩く子供から、声。
「んー?」
それに視線を向けてはみるが、相手の顔は前を向いている為見えず。
「………悪ィな」
………取り敢えず。
今の目標は、この子供に謝らせない事と、気を遣わせない事と。
「………何の事か解らんな。…まぁ、他の言葉なら聞いたるよ」
「………他?」
不思議そうな顔でこちらを振り返る子供に、微笑んで。
「………宿題や」
その言葉に、うええっ?とかいう、嫌そうな、戸惑いの混じった声を上げる子供に、笑みを深くして。
「………さ!!ラーメン喰うんやろ?とっとと行くで、横島!!」
「わぷっ!?」
わしゃわしゃと些か乱暴に髪を掻き混ぜ、促して。
「うぬあぁ………。何だよ、鬼道~?」
「別に?けど、早よ行かんと閉まるで?」
「うあっ!?もうか!?」
「せやから早よ行かんとな!!」
手を握って、走り出す。
抵抗は無く。
ただ、困った様に笑う気配を感じた。
────今の目標は、この子供に謝らせない事と、気を遣わせない事と。
………せめてそれを、礼の言葉に変える事。
手が、あたたかかった。
色々を、思い出す。
何も知らず、知る必要も無い、元から繋がりだって希薄だったこの男は。
自分の傷に反応して、傍にいる。
面倒見が良くて、お節介で、保護欲全開で。
………子供を放っておけない、そんな難儀な性格と気質のこの男は。
独り、真夜中。公園のベンチに座っていた自分を見付けて、拾って………ただ、傍に。
それが、それこそが、確かに救いになっているのだと。
根っからの教職者で、教育者の、どこか天然で熱血だったりするこの男は。
………自覚してくれてるのだろうか?
「………無理だろうなぁ」
ぽつりと、呟く。
だって、変な所で鈍そうだし。
「ん?何や?」
手を繋いでの帰り道。
行きは急いでいたから。
帰りは…ただ、なんとなく。なんとはなしに。
「んにゃ、べーつにぃ?」
…子供扱いの延長かもしれないけれど。
不思議そうな顔で首を傾げる姿は、年齢と比例せずに、幼い。
(………これで俺を子供扱いは酷くね?)
苦笑すると、益々不思議そうな顔をする。
そんなこんなで、家に到着。
「…しかし…十七の男が家まで送られるってどうだよ?」
「何言うとる。未成年者は子供や、子供」
「ぶーぶー」
アッサリとそんな事を言ってくる根っからの教職者に、口を尖らせて抗議。
苦笑と共に、繋いだ手が離されて。
ぬくもりが、無くなって。
………声が、漏れそうになった。
「なんなら、家泊まって、添い寝してやるか?」
…そんな言葉と、頭を撫でる手に止まったけれど。
「………そこまで俺を子供扱いしたいか、鬼道………」
揶揄い交じりのそれに、ジト目で睨んではみるものの。
「ええやないか。子供の時期は短いんやから。そう急いて大人にならんでもいいやろ」
………向けてくる瞳も、浮かぶ微笑も、あたたかくて、優しかった。
だから。
「………うん」
素直に、頷く事しか出来なかった。
見付けられたのは、偶然。
それが知り合いだったのは、偶然。
そして拾われたのは────………必然………?
それは確かな救いだった。
手を、握ってくれて。
ただ、傍にいてくれた。
────けれど。
(足りないと思っちまうのは、きっと………我侭なんだろうなぁ………)
それは甘えで、幼稚な想い。
それが理解出来るからこそ。
「………そんじゃ、その………ありがとな!!」
笑みを浮かべて、別れの言葉。
礼の言葉を向けられて。
それは目標が一つ、達成されたという事。
けれど、また一つ、別の目標が生まれる。
それはとても重要で、基本的な事。
「………拾ったんやから、やっぱちゃんと連れて帰らなあかんか………」
その笑みを、ホンモノにする為に。
それはまだ、始まったばかり。
複雑な想いと幼い感情の行き着く先は、まだ見えもしないけれど。
「えええッ!?何っ!?何ぃっ!?人攫いか鬼道ッ!?」
「…人聞きの悪い…。まぁ、ボクが横島拾ったんやから、ボクが責任持って連れ帰らんといかんかったんやな。すまんな。ほったらかしにしとったわ」
「はあぁっ!?何それ!?」
真夜中の公園。
出会ったのは確かに、一週間程前で。
弱音やらや不安やらをぶちまけて。
詳しい事なんて聞こうともしないでくれて、でも最後まで付き合ってくれて。
それからちょくちょく、会う様になって。
………気に掛けてはもらっていたけれど。
「俺は犬か猫ですか!?」
思わず抗議の声を上げる。
それはそうだ。
………今鬼道は、横島を小脇に抱え、自分の家へとお持ち帰りしようとしているのだから。
「…お姫様抱っことかの方が良かったか?」
「論点がちがぁぁうっ!!」
ズレた事を真顔で言ってくる天然教職者に頭を抱えつつ。
「第一家持って帰ってどーするつもりだっ!?はっ!!首輪つけて『にゃー』とか鳴けとっ!?羞恥プレイ!?アブノーマルな人ですかっ!?」
「………にゃあ」
「鬼道が鳴いてどーするぅぅっ!!?」
横島、混乱の極みにて絶叫。
「こらこら、夜なんやから大声出すのはやめいや」
「鬼道がいきなり人攫いに変貌するからだぁぁっ!!」
じたばた暴れてはいるものの、本気で逃げる気は無い様で。
鬼道も苦笑しながら好きにさせていて。
ふいにぽつりと、小さく零す。
「………もっとちゃんと、笑ってほしいんでな………」
それを自分が、など。
おこがましいとは思うけれど。
「………………………え?」
囁きの様なそれが、幸か不幸か、横島の耳に届く。
作品名:拾う大人、拾われる子供 作家名:柳野 雫