炎の烙印-中編-
一時でもここを離れるのは嫌だった。
たとえ命の危険はないと言われてもこの目でみていないと安心できない。
もう失うのはいやだ。
両親を失った時、すべてを失ったと思った。
マーべリックが傍にいてくれたが、胸にあいた巨大な穴を埋めることはできなかった。
あまりにも大きくて、かけがえがなくて、他のなにものでも埋まりっこないと思っていた。
育ての親ですら立ち入ることのできなかった果てしない孤独。
その隙間に問答無用で入り込んできた人物がいた。
それが虎徹であった。
むろん始めは反発した。
大切な空間に、簡単によそ者を入れるわけにはいかなかった。
なにも知らないくせに。
悲しみの大きさも、憎しみの深さも。
他人になんかわかりっこない。
けれど、虎徹はバーナビーの心の隙間を少しずつ塞いでいった。
虎徹は彼の傷を無理にわかろうとしなかった。
個人の悲しみは個人のもので、他人が本当の意味でわかることなどできない。
傷を覆う瘡蓋を無理に剥がしたりしなかったのだ。
虎徹は、ただバーナビーを諦めなかった。
何度、癇癪をおこしたかわからない。
きっと思いやりの欠片もないひどい言葉を投げつけた。
いつも無防備でぶつかってくる虎徹は、たぶんひどく傷ついただろう。
全身を棘のように逆立てたバーナビーを、それでも彼はなんの躊躇いもなく抱きしめた。
何度でも。
理屈なんかじゃない。
たぶん、そういう性分なのだ。
だからバーナビーじゃなくても、彼は同じことをしたかもしれない。
そのことに気がついた時、バーナビーは素直に敵わないと思った。
そして少なからぬ尊敬の念と・・・・・・
少しだけ嫉妬のようなものを覚えた。
バーナビーにとって虎徹はすでに特別な人間だった。
胸に空いた空洞を埋めた感情が、たぶん彼が与えたものとは違うものに変化しているのだと自覚した。
彼が与えてくれたものは友愛や博愛・・・たぶんそれは与えることに特化した感情。
そして自分が求めているものは、求めることに特化した感情。
仕事上の先輩では足りない。
仲間なんかじゃ足りない。
相棒でも足りない。
もっと、もっと、もっと・・・、もっと特別が欲しい・・・・・・!
だからもうこれ以上失えない。
失ったら、自分がどうなるかわからない。
震える両手に掴んだカップの中身は、もう既に冷え切っていた。
つづく