見えない真実
「ろいど?……どこぉ、ろいど~」
互いの唇が触れるまであと僅かというところで、突然幼い子供の声が割り込んだ。パチリと目を開き焦点が合わないほどの至近距離で見つめ合い、一瞬の間の後にランディは階段側、ロイドは部屋側へと跳びずさる。
その直後、目の前の部屋のドアが内側から開いた。姿を現した少女は眠そうに目をこすりながら左右を見回し、そしてふにゃりとその顔に笑顔を浮かべた。
「ロイドいたぁ。よかったー。」
「ごめん、起こしちゃったかな。」
僅かに頬を染めたままロイドが片膝をつくと、少女はすぐにその胸に飛び込んできた。首に腕を回し、ギュッとしがみつく少女を抱きしめてランディを見上げると、その視線の先で男も苦笑しながら腰を屈めて少女の頭を軽く撫でた。
「起こして悪かったな、キー坊。」
「ランディ。ロイドとお話してたの?」
「ああ。……キー坊が羨ましいって話してたんだ。」
そう言ってランディは不思議そうな顔をするロイドを横目で見ると、ニヤリと笑った。
「俺もまだロイドと一緒に寝たことがないんだぞ?。まさかキー坊に先を越されるとはなぁ。」
「なっ、ランディ?!」
「ランディも、ロイドと寝たいの?」
無邪気に聞き返すキーアと、その問いに深く頷くランディを交互に見つめ、ロイドの顔に朱が上る。それを無理矢理押しとどめて、ロイドはキーアに笑顔を向けた。
「キーア、まだ朝まで時間があるよ。もう少し寝よう?」
「ランディは?ロイド、ランディは一緒に寝ないの?」
くっ、と小さく笑う隣の男を睨みつけ、ロイドは咳ばらいをしてキーアを見つめた。
「ランディはまだお仕事があるからダメ。さ、挨拶して。」
「うん。ランディ、おやすみなさい。お仕事頑張ってね。」
「おう、おやすみ。」
にやにやとしまりのない顔を見せるランディに手を振り、キーアが部屋へ入っていく。その少女に服の裾をしっかりと握られたロイドも部屋へと戻りかけ、ふいに足を止めた。
「キーア、ちょっとごめん。」
そう言うなり、ロイドはキーアの目を右手で覆うと、反対の手をランディへと伸ばした。首裏に差し入れて引き寄せると、彼の唇にそっとキスを落とす。
「ぇ……」
驚いたように見開かれたスカイブルーを覗き込み、ふわりと微笑んで。
「おまたせ。さ、戻ろうか。」
「ん~……」
目を擦る少女の手を引いて部屋へと戻る。扉を閉める瞬間に見えた、茫然と立ち尽くす彼の姿を思い浮かべては頬を緩め、ロイドは再び、束の間の休息を取るべく浅い眠りについた。
一方。
「……は、相変わらず天然タラシ……」
扉の閉まる音に我に返ったランディは一人、ぽつりと呟いて片手で目元を覆った。数秒後、するりと顔を撫でるようにしてその手を下ろすと、もうそこに照れたような笑みはなかった。ロイドと話す前と同じ、瞳を凍てつかせた表情で扉を見つめる。
(言ってなかったな。当時の俺の獲物はライフルだ。遠距離からの狙撃じゃそうそう苦戦なんかしない。それに、例え俺じゃなかったとしても『赤い星座』の誰かがやった可能性は否定できない。……俺の身内の、誰かが……)
ランディはふるりと身を震わせ、彼の部屋に背を向けた。ゆっくりと、自分の持ち場に戻りながら手にした武器を握り締める。
(昔から嫌な予感ほどよく当たりやがる。もし本当に俺やあいつらが殺ったのなら、そしてお前が俺を恨むのなら、お前の手で俺を殺してくれ。……お前に嫌われるくらいなら、死んだほうがずっとマシだ。)
自分の過去を呪わしいと思ったことは数多くある。自分が奪った命がいずれ自分の命を奪うだろうという思いも持ち続けている。だがそれを怖いと思ったことはなかった。
そう、今までは。
深い闇が自身を取り巻くのを感じながら、ランディは独り、人生で初めて感じる恐怖に身体と心を震わせた。