その日にかこつけて
────死んだらそれまで。
そこで終わり。
想いは継がれるとか。命は繋がっているとか。そうは言っても。
「…満足して死ねればまぁ、それでえーんやろーけどなぁ…」
だからこそこの世には霊が存在する。
未練を持って、天へ昇れず、何かに執着して。
人に害為す悪霊になってしまえば、それは。
「…もう人やない、人の形をした"モノ"や。歪で偏った想いしか持っとらん、害悪」
痛い話だ。
それを力で砕く。散らす。滅ぼす。歪んだとは言え、唯一持っているその想いごと。
「…痛いわなぁ、どっちにしろ」
溜息を一つ。
自然俯いた顔を次に上げた時。
その瞳には鋭い光。
目の前のそれが雄叫びを上げる。
この世のものでは無い、おぞましい咆哮。
しかし鬼道は何の表情も浮かべずに。
「…夜叉丸。いてこませ」
己の式神へと、命令した。
「…むー…」
唸り声と共に目を覚ます。
あれはいつの事だったか。
今のは、夢だ。現実にあった、夢。
あの頃は、きっと自分もああなるのだと思っていた。
自分が道具だと言う事も承知していたし、その為に育てられている事も知っていたから。
歪んでいる事だって理解していたし、そう認識していた。
執着していたものは無かったかもしれないが、多分に未練は抱いただろうから。
復讐の道具であっても、感情はあったから。
大部分は押し込まれていたけれど、死んだらそれが噴出して、もしかしたらそれだけが残って、ああいうモノになるのだと。
漠然と、思っていた。
…無意識レベルで、それでも、と。
肉親の情とか言うものを信じていたらしいが。
やっぱり、死んだらああいうモノに成り果てて、誰かに砕かれるのだろうと。
苦笑が漏れた。
何て悲観的なお子様だったろうと。
いつだったかは覚えていないが、どれだけの年を重ねていたとしても、そう信じ込んでいたのだから、お子様だろう。
…ただ、今は。
そう、今は。
「あ、鬼道、起きたか?」
「…ん、おはよ」
変な所で死んでしまったら、きっとこの子に起因する未練でああ成り果てる。
確信してしまっている、最も現実に近いだろう、予測。
それだけは避けなければいけないと、思うのだけれど。
「…どした?寝惚けてんのか?」
挨拶をした後、起き上がる事もせず、じっと自分の顔を見詰めたまま動かない鬼道を何となく見詰め返して。
緩やかに笑みを形作る口許と、優しげに細められた眼に、知らず顔を赤らめながら。
不思議そうに首を傾げて、その顔を覗き込む。
と、
「うわっ!?」
ぐい、と腕を引っ張られ、そのまま身体の上に倒れ込んだ。
「ちょっ…何だよ!?」
「んー、何となく」
「何となくって…」
閉じ込められた腕の中。
慌てはしたが、気の抜ける様な朗らかな声に暴れる気も起きなくて。
「…訳解んねぇ…」
疲れた様な、呆れた様な声音と共に、溜息を漏らした。
そんな横島の様子に、鬼道はくすくすと笑って。
「…誕生日」
「へ?」
「誕生日やろ?今日」
「え。…あ、あー、まぁ…」
六月二十四日。横島忠夫の誕生日。
まぁ、横島とて鬼道がそれを忘れているとは思わなかったが、不意打ちもいい所である。
と言うか、朝っぱらから何だろう、この展開は、等と思いつつ、会話は続く。
「欲しいモン、何かあるか?」
「えぇ!?い、いーよ別に!!」
「遠慮せんでえーのに」
「いや、だって、うー…」
欲しい物、と言われても、すぐには出てこない。
高価な物は悪い気がするし、自分にそういう物が似合うとは思えない。
アクセサリーなんて別段欲しいとは思わないし、腕時計とかも使えれば何でも良いし。
新しい冷蔵庫が欲しいなーとか思ったりもするが、誕生日プレゼントとしてはどうか、とか。
花。却下。キャラじゃない。浮かんだ時点で即断。
ゲーム機とか。…どこのゲーム猿だ。
別に物を期待していた訳じゃないから困る。
強いて言うなら、服だろうか。そんなに持ってないし。
と、横島が頭の中でそれなりに考えを纏めに入る頃。
「…ほな、ボクやるわ」
鬼道政樹、爆弾発言をかましてくれました。
「…なっ、なななななぁぁっっ!!?」
きっかり三十秒硬直した後、横島が声を上げた。
顔はこの上無く真っ赤である。勢いのまま後退ろうとするものの、腕に拘束されたままなので、それもかなわない。
「大袈裟やなぁ…。あぁ、もう既にボクは忠夫のモンやったか。ほな、プレゼントには不足やねー」
「いいいいやいやいやいや!!そういう問題じゃなくて!!」
「せやけど…ボクの生も死もやるから」
「ッ…!!」
息を飲む。
静かに紡がれた言葉は、随分と時間を掛けて、横島の脳髄に染み渡る。
瞳を見開いて、鬼道を凝視していた事に気付き、慌てて視線を逸らし、俯く。
何かが痛みを連れてきて、喉が詰まった。
「…そ、んなっ…簡単に言う事じゃ…ねーぞ、それ…」
「簡単かなぁ?」
震えを隠そうとして、隠し切れていない、必死で紡いだ言葉に、軽い、どこか呑気な声が返る。
それでいて、どこまでも優しい響きを持っているのだから、始末に負えない。
「…そう思うなら、それでええけど。ボクは本気でそう思っとるから。…死も、生も。忠夫にやるよ」
「鬼道っ…」
「ボクにある全部、背負ってもらうで?その代わり、忠夫の全部、背負わせてもらう」
微笑みを間近に。
横島は、何も言えなくなる。
まるでプロポーズにも似た、それよりもっと重い枷の様な。
抗い難い、決定事項の様な、その言葉。
これ位しなければ。
自分はきっと、未練を持って、ああいうモノに成り果てる。
我侭で、傲慢で、自己中心的な、身勝手な考え。
でもきっと、どこまでいっても足りないのだろう。
寧ろ一段と嵌って、結局はおぞましい悪霊へと堕ちる気もするのだ。
それでも。
「生まれ変わっても、別人なんやろ?そこに至ってもうたら、ボクやない。ほなら…ボクがボクである内の全部、やるわ」
「…全部は、いらねーよ」
「んー、何で?」
「…代わりの俺の全部なんか背負っちまったら、潰れっぞ」
「大丈夫や、頑張るから」
「またそんなあっけらかんと…。……それに」
「…ん?」
「…死なんか、いらねぇ…」
「…そやなぁ」
「もう、それは…いらねぇよ」
「…それは、ボクにも背負わせられん、言う事やね」
「……ん。そだな。…あの死は、俺だけのもんだから」
これは、嫉妬だろうか。
彼に生を。そして己の死を与え、永遠に彼の心に棲むだろう彼女への。
死んだらそれまでだと、今も思う。
だって、そこで終わるのだから。
どれ程に誰の心に残っていたとしても、本人はいないのだから。
生まれ変わりなど、知らない。
それはもう、別人だ。
(まぁ、もしそのまんま復活したとしても、そう簡単にはやらんけど)
そう考えて、苦笑した。
いつの間に、自分はこんなに欲望塗れになったのだろう、と。
満足して死ぬ為に、生きる。
あんなモノに成り果てない為に。
あの子に己の死を与えない様に。
遺されるのはキツイけれど。