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なつかげ

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***

きっと最後はザーフィアスだよ、とカロルがそう言った。
何が、と聞くのは野暮だと思い問い返さなかったけれど、きっとレイヴンが最後に訪れる墓地の場所だろう、と検討がついた。
エステリーゼにも言われて、やっと見に赴いた「キルタンサスの花がたくさん、咲き誇っている場所」というのは騎士団に所属していて殉職した騎士が葬られる、共同墓地のことだった。


ザーフィアスから近くの広い大地の丘の上。緑が生い茂り、虫たちがひそやかに鳴き、墓石を守るように立つのはハルルの樹よりはこじんまりしているが、随分と大きな大木。
ざわ、と草木の上を走る風の先を目で追うと目的の相手はもう既に来ていた。
その先客の後ろに並ぶ墓前に、燃えるような赤い花が律儀にたくさん置かれている。花束のようなほどの量が日差しの強い風の中でたおやかに揺れ、ひとつの墓地の前でユーリもひとり、生ぬるい風に吹かれて佇んだ。
感傷に浸ることはない。
騎士団に所属していた頃、いくら同じ歳の仲間が死のうが知らぬ名前の先輩が死のうが、ユーリはその度に心を殺した。叫んでも、悔やんでも、それは守れなかったものだ。届くようで、届かなかった手。思い出しては、霞む映像。だからこそ、ここで感傷に浸ることなどユーリには出来なかった。
だから、薄情者、という声が自分の咽から絞り出されたことに苦笑してみせた。いろんなものを切り捨てられないから辞めたなんて、おこがましい理由だ。
分かっていただろう、と風の中に揺れるキルタンサスを眺め、刀に付いている鈴の音に耳を澄ます。
耐えられなかったからだ。同僚が死ぬのも、先輩が死ぬのも、下町の人たちが酷い目に合うのもすべて。耐え切れなかったから、せめて温かく、手の届くほうへ逃げた。
薄情者、もう一度呟く。
逃げながらも人を殺して、まだ生きている。でも過去を悔やんでも仕方ない。後悔なんてしていない。そうやって選んできたのだから、と無意識のうちに強く握り締めた刀に「持ってて」と言われ渡された鈴が、りん、と澄んだ音を鳴らした。
その音は風に乗り、辺りがすっと清められたような静けさが訪れる。
いつも持ち歩いている刀に巻きつけるように付けた鈴。
その音を最初、ユーリは煩わしく思った。まるで敵に自分はここだと教えているようなものだと思ったからだ。
だけどカロルが「その音がすればユーリがそこにいるって分かるから」と言った時、すとん、と心の何かが落ちて、ざわついていた心が落ち着いた気がした。
そこにいていい、と言われた気がしたのだ。
ただ「持っといて」とこの鈴をユーリに渡した男はカロルのように伝えたいことをはっきりと言うような人間でもない。だからこうして人知れずキルタンサスの花を墓地に持ってくるようなこともするし、エステリーゼに硝子玉を渡し、遠まわしな言い方で胡散臭い台詞をユーリに伝える。
長年、他人を、そして自分さえも誤魔化しながら生きてきた人間はたいへん不器用で捻くれているが、それがユーリにはちょうど良かったのかもしれない。
馴れ合わず、触れ合わず、それでも気づけば其処にいた。その場所に、居たのだ。
最終的に、死にたがっていた男へ生きろと言い望んだのは、紛れもなくユーリ自身だったのだけど。
男もユーリへ、そう望んでいてくれているのだろうか。
「相変わらず、分かりにくいおっさんだな」
ユーリはあるひとつの墓前の前に光る硝子玉を見つけて手に取った。
墓石に刻まれた名前を確認してから、海色をしたその硝子玉を太陽に向ける。硝子の中できらきらと光の輪を作ったのが見えた。その中に刻まれた名前に目を眇め、キルタンサスの花束から一輪だけ花を抜き取り、苦笑しながら刀に付いた鈴を意図的に、りん、と空高く鳴らした。
それを合図に、墓前の奥、海が一望できる丘で佇んでいた先客の紫の羽織が風に揺れ、ゆっくりと振り返る。
目が合い、男がちいさく微笑んだのが見えて、ユーリも口元に弧を描く。
ざわざわと眩しいほどの緑が揺れ、遠くで潮騒が響く中、男が唇を動かしてユーリを呼んだ。

「   」

確かに聞こえた自分の名前。
それが何故か無性に嬉しくてユーリも彼の名前を呼び、それと一緒に高く鳴り響いた清らかな音も、世界に、風に、
名前に融けるように残響した。


「レイヴン、」




                        な つ か げ
  
             (夏の光、揺れる水面、滲む風、低く唸る雲、落ちる影)



作品名:なつかげ 作家名:水乃