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魔法少女ほむら☆マギカ -その後の世界-

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魔法少女ほむら☆マギカ -その後の世界-

 ふわり、と羽毛が舞うような柔らかな動作で、暁美ほむらはそのまぶたをゆっくりと持ち上げた。その視界に映るのはしかし、それまで見ていた夢の残滓を堪能する気分すら萎えさせてしまうような、色気の無い、無機質であり、また機能的でもある、染み一つない白一色の天井であった。
 ぎし、とベッドが唸る。少しばかりスプリングの硬さが気になるベッドから上半身だけを起こして、ほむらは何かに納得するように小さく頷いた。その視線は今、壁に画鋲一つで吊り下げられたカレンダーへと注がれている。その中の一日、大きく花丸が記された日付、4月16日。今日がその日であることをほむらは確認し、そのまま視界をベッド脇にある机へと移動させた。机には、『見滝原中学校入学案内』と題された小冊子が置かれている。今日が、その日。それまでお世話になった病院から退院し、他の同級生から遅れて、見滝原中学校に編入する日であった。
 だが。
 今日やるべきことは、それだけであっただろうか。
 何か、そうまるで、小さな、気に留めなければ、気にしないでいられる程度には小さな小骨が、咽の奥につっかかっているような、そんな感覚を、ほむらは覚えた。そのまま、ほむらは居心地が悪そうに、ベッドの上、左腕だけを持ち上げて、軽く自らの、透き通るような黒髪に手を触れ、何ともなしに髪の房を弄る。だが、何も思いつかない。
 「別に、何も無いわね。」
 暫くの思考の後に、ほむらは漸くそう結論付けた。もう少しで何かを思い出せるような、そんな根拠の無い自覚のようなものはほむらの心理には存在してはいたが、なにしろ朝の時間は短い。いい加減、準備を整え始めなければ、編入初日から遅刻すらしてしまいかねない。そう考えてほむらが寝台から床へと向けて足を伸ばした時、ほむらは二つの、流れる赤の物体に気が付いた。
 「リボン・・?」
 はらはらと、ほむらの右手から毀れた、可愛らしい赤い布切れはどう見てもリボンのようにしか見えない。それにしても、私がこんな華美なリボンを持ち合わせていただろうか。アクセサリーは勿論、私服や小物まで、どちらかというと地味で無難な配色を好む自分の性格から考えてみれば、このような、確かに可愛らしく見えるが派手なリボンを自らで用意するとは思えなかった。それなのに、なぜか、とても大切なものであるような、譲れない存在であるような感覚を、ほむらは強く覚えた。その理由は、ほむらには分からない。ただ、何か、無意識の奥底から突き上げるように、何かがほむらに向かって訴えかけていることだけは自覚した。それも、とても強く。
 ふ、とほむらは、小さく、吐息に混ぜるように小さく、声を漏らした。リボンの二本程度、たいした荷物にもならない。自ら身に付けることには多少なりとも気恥ずかしさが先行するものの、制服のポケットに入れておく程度なら支障が無いだろう、と考えたのである。

 「じゃ、自己紹介、行ってみよっ!」
 用意されたホワイトボードの前で、このクラスの担任という早乙女和子の明るい声が響き渡った。ほむらは先程、滞りなく入学手続きを終えて、今はこれから編入するクラスのホームルームに参加している。クラス全員に向かって声を張り上げた早乙女に促されるように、その隣、教壇の上に立たされたほむらは、ぼんやりと教室を軽く眺め回しながら、短く答えた。
 「暁美、ほむらです。」
 言いながら、視線をもう一度、動かす。誰かを、探している。少し、教室の空気が重たくなったことを感じる。だが、それよりも。いや、あの座席にいるはずなのに。あの子ではない。あの、ショートカットの女の子では。その隣に、確か。
 「暁美・・さん?」
 困りきったような早乙女の声で、ほむらはぱちくりと瞳を動かした。それまで見ていた夢から、唐突に我に返ったかのように。
 「よろしくお願いします。」
 ほむらへの対応を探り求めているクラスメイト達の珍妙な緊迫感を解きほぐすように、ほむらはそれだけを告げて、深々と頭を下げた。だが、十分に大人びた、中学生とは思えない丁寧な一礼に、クラスメイトはもう一度度肝を抜かされたらしい。ほむらが面を上げた時に見た景色は、狐か狸に化かされたような、どう対応すれば良いのか分からないという表情そのままのクラスメイトの表情であった。ただ、それでも、始めはぱらぱらと、やがてクラスメイトの全員から温かな拍手を受け取ったところから考えれば、特段意地の悪い人間は存在していないらしい。
 そのかわり、とても大切な人もいないけれど。
 瞬間、突き上げるように、抵抗するように小さく吼えた、表層心理の光も差さぬ、海溝にも似た、手を伸ばすことすら叶わぬ深層心理の奥底から届いた言葉に、ほむらはびくり、と肩を震わせた。大切な人、この教室に?
 この教室の生徒たちとは、無論教師も含めて、全員が初対面であるはずだった。そんな集団に、今後のことはさておき、今時点で大切な人物がいるわけが無い。なのに、なぜか確信めいた言葉で、心理が叫ぶ。その原因を探りたくて、ほむらが僅かに息を飲み込んだとき。
 「では、暁美さん、あの席に着席して。」
 現実に引き戻した声は早乙女の言葉。相変わらず困惑の色をその表情に載せているところを見ると、自己紹介を終えて尚動こうとしないほむらに対する戸惑いを感じているのだろう。それと同時に、深海から浮上しかけていた記憶の片隅も、機嫌を損ねた様子で、もう一度光の届かない深みへと隠れ潜んでしまう。少しどころではなくへそ曲がりな自分の心に辟易しながらもほむらは、小さく会釈をすると用意された席へと向かい、そして腰かけた。なんとも言えない、小さな違和感だけがほむらの脳裏に、小さく灯った。

 そのまま開始された一限目の授業を終えて、休み時間を迎えると、ほむらはたちどころに、クラスメイトの女性陣にその周囲を囲まれることになった。訊ねてくる内容は他愛もないものばかりで、前の学校での様子やら、部活のことであるとか、初対面の人間に対する興味から沸いてくるらしい質問ばかりであった。その間にも、相変わらず、どうにも居心地の悪い、妙なひっかかりがほむらの心理に存在し続けていた。だが、その原因は未だに分からない。それなのに、授業の合間、休憩時間を迎えて、その苛立ちは益々強くなっていることを、ほむらは嫌にでも自覚する。どこかに、誰かと一緒に行かなければならない。そんな気がする。そこまでは考えられるのに、それ以上のことを思い出させるべき何かの存在は、まるで大海の中に浮かぶ木の葉を、水を掻きもがきながら探し求めるかのように不安定で、不確実な感覚でしかなかった。そうして一人、思考を巡らせるほむらには気付かぬ様子で、クラスメイトはそれまでと変わらず、ほむらに向かって質問をぶつけ続けている。少し、嫌気を感じてしまう程度に。
 「ごめんなさい、少し緊張していたみたいで。」
 気付けば、ほむらは半ば無意識に、そう呟いていた。そのまま、続ける。
 「少し、保健室に。」
 「大丈夫?」
 ほむらを囲んでいた少女の一人がそう言った。続けて、別の少女が言葉をつなげる。
 「保険委員、誰だっけ?」
 「あの子、えっと、仁美さん!」