【けいおん!続編!!】 水の螺旋 (第三章・DIVE) ・上
そう云ったのは姫子だった。
「いきなりこの話だけ聞かされたら、私も信じられなかったと思うけど、実際に私たちは見てるじゃない。唯の常人離れした行為を。それに、真鍋さんの今の話だって、筋は通ってる。前に真鍋さんが云っていたように、唯が直面している問題は、一般的な了見とはかけ離れたものなんだよ?ハナッから信じないんじゃ、何も解決しないわ」
次に、憂が発言した。
「私も。和ちゃんの話には、信じがたいって気持ちもないわけじゃないけど、でも、それがお姉ちゃんが苦しんでいる理由だって可能性があるなら、むやみに捨てちゃいけないと思う」
しばらくの沈黙の後、律が「…そうだな」と云った。
「確かに、姫子や憂ちゃんの云う通りだ。ハナッから信じない!じゃダメだよな」
「確かにそうだな、ごめんな、和」
「そうね。私も疑ることしかしてなかった」
「私も信じてみます」
4人は口々に云った。
「でも、石山教授の研究室では、そんな研究をやっていたの?」
憂は訊いた。姉妹そろって生物系の学科に進んでいるだけあって、さすがに憂の着眼点は鋭い。
「いえ、私の知る限り、もっと分子遺伝学の基礎概念の研究ね。たしか、DNAの安定性維持に関わる研究だったと思うけれど。でも、石山先生は医学部の教授も兼任していて、色んな先生と共同研究も行っているみたいだから、何か別のテーマを持っていてもおかしくはないわね」
云ったものの、和には疑問に思っていることがあった。
―でも石山先生はどうしてあえてそんな研究をするのだろう。ひょっとしたら、単なる未知のことがらに興味以外に、何か大きな目的があるのではないだろうか―
4
その夜、憂はベッドの中で考えていた。
お姉ちゃん、いったい今どこにいるの?何をしているの?
こっちの世界にいるの?あっちの世界にいるの?
こっちの世界にいるとしたら、何を思っているの?
あっちの世界にいるとしたら、どんな景色の中にいて、何を感じているの?
会いたいよ。抱きしめられたいよ。私も抱きしめてあげたいよ。お姉ちゃんの温かい肌に触れたいよ。
そして、お姉ちゃんの抱えているものの重さ、痛み、苦しみ、分かってあげたいよ。
お姉ちゃん、今どこにいるの?今どこに…
気づけば、憂は夢の中にいた。真っ暗な闇の空間に、自分はひとり浮かんでいた。
ふと足元をみた。暗闇の空間に、より漆黒のブラックホールが見えた。次の瞬間、ブラックホールから、白い腕が伸びて、憂の足を掴んだ。
「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
憂は叫び声をあげた。腕によって、自分はブラックホールの中に引きずり込まれようとしている。掴まれていない方の足で、片足を掴んでいる腕を蹴って、何とか振りほどこうと必死でもがいた。しかし、ブラックホールから、別の腕が伸びて、もう片方の足も掴まれた。憂はブラックホールの中に引きずり込まれていく。もがいても、引きずり込もうとする手の動きを止めることはできない。
みるみるうちに、憂は腰のあたりまでブラックホールの中に入り込んでしまった。自分の腕をばたつかせて、何とか脱出を試みようとする。すると、また別の腕が伸びて、憂の肩と、そして頭を押さえた。憂を引きずり込もうとする力はいっそう強くなった。
憂は思いっきり手を伸ばし、ありったけの声で叫んだ。
「お姉ちゃん、助けてぇぇぇぇぇぇ!!」
ブラックホールの中に引きずり込まれれば、きっと自分は死んでしまうだろう。昔、本で読んだことがあった。ブラックホールの内部は、尋常じゃないくらい大きな重力がかかっていて、中に入ってしまったものは、中心に行くに従って、スパゲッティのように引き伸ばされてしまうと。
死んでしまったら、二度とお姉ちゃんに会えなくなっちゃう!
憂には、死ぬことの恐怖より、姉に会えなくなるという悲しさのほうが、はるかに大きかった。
もうダメ!憂はそう思って目を強くつむった。その刹那、自分の手を掴むものがあった。おそるおそる目を開けた憂は驚いた。目の前にいたのは、自分がずっと会いたいと切に願ってきた姉、唯だった。
唯は憂をブラックホールから引きずり出した。憂を掴んでいた複数の腕が一緒になって伸びてきた。唯は「やっ!」という掛け声とともに、憂を掴んでいない方の腕を、憂を掴んでいる腕を薙ぎ払うように、大きく振った。すると、憂を掴んでいた腕はボロリと崩れ、憂はようやく自由になった。
唯はそのまま憂を引きよせ、抱きしめた。
「ごめんね、憂。心配かけて」
「お姉ちゃん、会いたかった。ずっとずっと、会いたかったよ」
憂は唯の身体にしがみついて、肩に顎を乗せ、泣いた。唯の頬から伝わる体温が、憂の頬へと伝わる。
お姉ちゃんの体温が伝わってくる。お姉ちゃんだ、やっとお姉ちゃんに会えた!
いつの間にか、オーロラのカーテンがふたりを包み込んでいた。ふたりは抱き合ったまま、壮観な景色の中に浮かんでいた。
「はっ!」
憂は目を覚ました。見上げているのはこれまでと何も変わらない、自分の部屋の天井だ。頬からは涙がこぼれている。
…あれは、夢だったの?
そう思いながら、首を右に傾けた。
そこには、唯の姿があった。
「お姉ちゃん!」
驚きのあまり、憂はベッドから飛び起きた。
「ごめんね、憂。心配かけて」
唯は穏やかに微笑みながら、夢と同じ台詞を口にした。
憂は唯に飛びついた。また目から涙がこぼれる。
「夢じゃないんだよね?本当にお姉ちゃんだよね!?」
「うん。憂の声が聞こえたから」
唯はそう答えた。
憂は夢でしていたように、唯の肩に顎を乗せ、唯の頬に自分の頬をすり寄せながら、思いのたけをぶちまけた。
「お願い。もうひとりで抱え込まないで。私はお姉ちゃんのこと、いつだって心配してる。お姉ちゃんが苦しいなら、私もその苦しみを分かってあげたいと思う。和ちゃんだって、澪さんだって、律さんだって、紬さんだって、梓ちゃんだって、そして立花さんだってそう。みんな、お姉ちゃんのことを心配してる。だから、お姉ちゃんの抱えているものを、みんなに話して。私たち、きっと力になるから」
「分かったよ。ごめんね、憂…」
オーロラのカーテンに包まれた夢の世界とは違い、何の変哲もない自分の部屋の中だが、憂の心はオーロラに包まれた光景を目の当たりにするよりも大きな感動でいっぱいだった。
夜はもう明けようとしている。
作品名:【けいおん!続編!!】 水の螺旋 (第三章・DIVE) ・上 作家名:竹中 友一