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ぼっち飯

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のっぽで金髪、ちょっと不良っぽい男の店員さんと、おっぱい大きめで化粧をばっちりキメてるギャルの店員さんがカウンターの奥の方で談笑していた。いや、よく見るとダベリじゃなくて、金髪の方がギャルの方に仕事のやり方を教えているところらしい。ふたりしてなにやら書類らしきものを覗き込んだり、ギャルが金髪の肩を小突いたりと和気あいあいとした雰囲気だ。
それはそれで楽しそうなのだけど、こちらとしては会計してもらわないことには始まらない。声をかけなきゃ。
「ぅいま……せ……」
ああもう。うまく声が出ない。素で話そうとするとこれだから困る。喉に手を当ててもう一度、
「――すいま」「ちょっとっ!早く会計してくれない!?」
脇から大声を張り上げたオバサンにさえぎられた。びっくりして右往左往しているうちに金髪の方がやってきてレジ打ちを始めてしまう。ギャルの方はまだ見習いらしく、横で作業をじっと見守っている。
仕方なくその後ろに並んで待つものの、いろいろと釈然としない気分だ。さりとてわざわざ文句をつけるほどの勇気も怒りもなくて、結局。
「ククク……今回だけだ。今回はまだ、見逃してやろう……。次また同じようなことがあれば、此の地まるごと、我の手で滅ぼしてくれる……。よく覚えておくがいい……」
店を出ると同時にそう呟いてみても、胸のあたりにはまだしこりのようなものが残っている気がした。


「ただいまぁ」なんとなく声に出しながらドアを開けた。もちろん返事なんてあるわけもない。
サンダルをそのへんに脱ぎ散らかして居間に押し入る。
「うぬぐぁあー」床に倒れ込む。頬にカーペットの長毛の感触をおぼえながら買ってきた菓子パンを袋から取り出してもそもそと齧る。
「……おいしくない」
ぼそぼそしててろくに味も感じられない。口の中にスポンジをねじ込まれているような気分。
……いまごろあんちゃんはどうしてるんだろうか。ちょうどお昼時だし、きっと部活の仲間たちとワイワイやりながら露店でやけにおいしい焼きそばとかフランクフルトとか食べてるにちがいない。ずるい。
そう思うとなんだかイライラしてきた。怒りに任せてパンに喰らいつく。と、
「むぐっ」
喉に詰まったああああ。
「うぐーむぐー」床をのたうち回る。起き上がろうとしてちゃぶ台にしたたかに頭を打ちつけた。
「がっ」
その拍子になんとか飲み込めた。念のためキッチンでコップに水をくんで飲みほす。
「ふぅ。……なにやっちょるばい、うちは」
ひと心地つくと、なんだか自分のやってることがあほらしくなってきた。知らず涙までこぼれてくる。
いつもの日曜日なら、あんちゃんの作ってくれるシーザーサラダあたりを摘みながらまったりおしゃべりして、いっしょに『鉄の死霊術師』のDVDのお気に入り場面を観るのに付き合ってもらったりして、そんなふうに心地よく過ごしていたはずなのに。なんでこうなっちゃったんだろう。ホント、あほみたいだ。
ふたたびカーペットに頬をつく。ソファとちゃぶ台の隙間にもぐり込んで身をこごめる。両腕で全身を抱きしめるようにして動きを止めた。そうしたからといってどうなるものでもないのはわかってるけど、だからといって他にどうする気にもなれない。あんちゃんの帰ってくる夕方も、いまは果てしなく遠く思えた。
なんていうか、いいやもう。明日のテストなんて、もうどうにでもなれ。


ふと目を開くと、すぐ正面にあんちゃんがいた。
あんちゃんは同じ制服を着た人たちと楽しそうに笑っていた。どういうわけか、彼らは部活の仲間たちに違いないという確信があった。顔も知らないのに。
笑いながら彼らは行ってしまう。遠くには薄靄に包まれてプールが見え、学校が見えた。
思わず手を伸ばしたけど、どういうわけか届かない。足も空を切るばかり。
待って、うちを置いていかないで……ひとりにしないで!
「――あんちゃん!」


「――と、小鳩」
ゆさゆさと揺さぶられて、どうやらいつの間にか眠り込んでしまっていたらしいと気づく。
それと同時に、ほのかな刺激臭が鼻をくすぐる。けれど、決して不快ではなくて。むしろうちの大好きな匂いだ。
なんの匂いだろう、これ……カルキ?
霞む目をこすりながら顔を上げてみると――あんちゃんが立っていた。
薄闇の中でも寝ぼけ眼でも一目でわかった。他の誰でもない、うちのあんちゃんや!
「ただいま小鳩」
「あんちゃんおかえりっ!」っと、眠気でつい地が出てしまった。
……というか、地じゃなくて世を忍ぶ仮の名なんだけど。うちは頭を切り替える。
――――我が真名はレイシス・ヴィ・フェリシティ・煌、偉大なる夜の血族の真祖なり。
忌まわしき太陽神の照光によって弱められてしまった我の魔力を回復する、今夜はお待ちかねの祭儀だ。
「……ククク……よくぞ戻った……我が半身よ……」
うちは含み笑いをしながら言った。そして床から立ち上がり、
「待ちかねたぞ……さあ……我に生贄を捧げよ……できれば白えびとトマトの冷たいパスタ希望……」
夕食の催促にゆっくりと両腕を伸ばす。
「先週作ったあれか。別にいいけど、少し時間かかるから、勉強しながら待ってな」
「ククク……構わんとも……」
そう、構わない。いまさら数十分待たされようと構わないし、プールに連れていってもらえなかろうが部活を優先されようが構わない。
日曜日にあんちゃんの作ったごはんをいっしょに食べられる、ほんの少し未来のしあわせがあるならそれでいいや。
ただただ素直に、そう思った。
作品名:ぼっち飯 作家名:ケジメド