【けいおん!小説】 水の螺旋 (第四章・真理) ・上
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(第四章 「真理」)
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1
ゴールデンウィークが始まり、街はにわかに活気づいた。
旅行に出る家族や、逆に観光に来る男女が行き交い、人気は止まることがない。
そんな中、浮かない顔で立っている、年頃というか、もう少しで旬な時期が過ぎようとしているくらいの年齢の女性がいた。
彼女は、名を山中さわ子といった。桜ケ丘女子高等学校の音楽教師であり、軽音部の顧問をしている。つまり、以前は唯たちの顧問の先生であったということである。さらに、唯たちの3年の頃の担任でもあった。
さわ子が浮かない顔をしているのは、街中が幸せそうな家族や恋人たちであふれているのに、自分にはそういった出会いが一切ないためであった。顔は決して不細工というわけでなく、むしろかなり美形といってもいいぐらいの容姿である。さらに先生としての評判もよく、学校内での人気も高い。それなのに、どういうわけか異性との交際となると、人並み以下の経験しか持っていなかった。長らくひとり身であり、今も愛すべき恋人はいない。こうなると、街ですれ違う幸せそうな家族や恋人に対して、理不尽にも恨めしい感情を抱いてしまう。
そんなさわ子がやって来たのは、街のはずれにある小さな会館だった。彼女がここに来た理由…、それは古い友人に誘われたからだった。
数日前のこと、その友人から久々に電話があった。懐かしさもあり、色々と話に花が咲いたが、その中でさわ子は、「ひとり身で寂しい」とふと漏らしたのだった。すると、その友人は身を乗り出すような勢いでこう云った。
「さわ子、悩んでるならとってもいいところ紹介するよ。私がとってもお世話になっているところなんだけど、人の抱えてるどんな悩みも吹っ飛ばしてくれるようなアドバイスをくれるところなの。さわ子に彼氏ができないのも、そこに行けばきっとすぐ解決すると思うわよ」
「試しに一度来てみない?」そんな友人の誘いに、さわ子は乗ってみることにした。そんなにすぐに悩みが解決できるとは思わないが、少し行ってみるぐらいならいいだろう。
そう思って来てみたものの、とてもさびれた、陰気臭い会館…。大丈夫かしら、本当に。さわ子は何だか不安になった。
「あれ、山中先生?」
ふと声がしたので、声の方を見てみた。
「あれっ、あなた純ちゃんじゃないの!?」
「はい、鈴木 純です」
さわ子は驚いた。彼女は梓や憂と同期で、軽音部の一員でもあった。
「どうしたんですか?もしや、今日の集会に?」
「え、ええ。友達に誘われて」
「へえ。私も大学のサークルの先輩に誘われて、今日で二回目なんですよ」
「あ、そうなの?どんなところなのかしら。初めてだから、ちょっと心配で」
「なかなか独特な雰囲気で、面白いですよ」
純は笑ってみせた。
ふたりは会館の中へ入った。入ってすぐに受付があり、入場者はそこで名前を云ってから奥へ進んでいく。
ふたりもそれに従った。受付の女性が、彼女たちに話しかける。
「あなたがたは、一般の方ですか?」
「ええ、友人に誘われて来たんですけど」
さわ子が答える。
「でしたら、こちらに名前を書いてください」
受付の女性は、名前の書かれたリストをいったんどけ、机の下から一枚の紙を挟んだバインダーを取り出した。『一般入場者名簿』とあった。
さわ子と純は順番に名前を書いた。そして奥へ進む。
人々のゆく方向に従って歩いていると、集会室に着いた。入口の前で、集会のスタッフらしき人が話しかけてきた。
「すみません。一般の方ですね」
「ええ、そうですけど」
「ようこそいらっしゃいました、この素晴らしい集会へ。ご案内いたします。こちらへどうぞ」
スタッフに誘導されて、集会室の中へ入る。薄暗い部屋に椅子がたくさん並べられてある。スタッフはちょうど二人分空いていた前から3番目の席へさわ子たちを連れていった。
「どうぞ、こちらへ」
「あ、あの…、もっと後ろの方でもかまいませんけど…」
「いえいえ、前の方がよく見えますから、ぜひこちらに」
さわ子と純は、仕方なくその席へ座った。さわ子は辺りを見回した。自分は結構ラフな格好で来てしまったのに対し、周囲には結構フォーマルな格好をしている人が多い。隣の純でさえ、白のブラウスにカーディガンを羽織った、少しお洒落な格好をしているのだ。もう少しちゃんとした服装で来れば良かったな、とさわ子は思った。
「ね、ねぇ、純ちゃん。この集会って、どんなことをするの?」
「大したことはしないですよ。ビデオ見たり、お話聞いたり、あとお祈りしたり、そんな感じです」
さわ子ははっと気づいた。これは明らかに宗教の集まりだ。見たところ、キリスト教の系統でも、仏教の宗派でもなさそうだ。何だか得体が知れない。けれど、ここで立って帰るのは、勧めてくれた友人に申し訳ない。とりあえず、参加するだけ参加しよう、そう思った。
やがて、会が始まった。まずはビデオ上映だった。会場の前のスクリーンから、壮大な映像が映し出される。映像に合わせて、ナレーションが始まった。
『あなたは、“運命”あるいは“奇跡”を信じますか?ある人は云うでしょう。“そんなもの、この世には存在しない”と。またある人は云うでしょう。“たまたま起こった人にとって幸運な偶然、人はそれらを運命や奇跡と表現するのだ”。しかし、それらの考えは、正しくありません。運命、そして奇跡は確実に存在します。私にも、そしてあなたにも。それは、我々の細胞の中のDNAに書き込まれているのです』
このようなナレーションの後、『精神世界へのいざない』というタイトルが表示された。
奇跡がDNAに書き込まれてる?さわ子はその言葉に興味をもった。
映像とナレーションは続く。
『我々の生きるこの世界は、変化の連続です。時に、驚くべき事態に直面することも少なくありません。しかしながら、それらの事象は実は理由なく偶発的に起こっているのではありません。宇宙の真理・自然の摂理にしたがって、起こっているのです。しかし、多くの人々はそのような大きなものには目を向けようとしません。そして、不測の事態や不幸な出来事に見舞われた時、運が悪かったと嘆くのです。そうではありません。すべての出来事には、相応の原因があるのです。私たちはそれを知るだけで、不幸を回避し、さらに奇跡さえも手に入れることができるのです』
『すべての出来事には相応の原因がある』ですって?ということは、私に彼氏ができないのも、相応の原因があるということかしら。さわ子は思った。
『では、我々が知るべきこととは何か。それは、宇宙がどのような仕組みで成り立っているのか、そして、我々がいかにして今、ここに存在しているのかです。つまり、太陽系の地球という惑星に、36億年前から絶えることなく伝わるDNAを介して我々は生まれてきた。このことを理解するのです。そして、ただ理解するだけではいけません。その真実に感謝するのです。そうすることで、あなたの心の目が開け、幸運がきっと舞い込んで来ます』
ここで、ナレーターは語気を強めた。
(第四章 「真理」)
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ゴールデンウィークが始まり、街はにわかに活気づいた。
旅行に出る家族や、逆に観光に来る男女が行き交い、人気は止まることがない。
そんな中、浮かない顔で立っている、年頃というか、もう少しで旬な時期が過ぎようとしているくらいの年齢の女性がいた。
彼女は、名を山中さわ子といった。桜ケ丘女子高等学校の音楽教師であり、軽音部の顧問をしている。つまり、以前は唯たちの顧問の先生であったということである。さらに、唯たちの3年の頃の担任でもあった。
さわ子が浮かない顔をしているのは、街中が幸せそうな家族や恋人たちであふれているのに、自分にはそういった出会いが一切ないためであった。顔は決して不細工というわけでなく、むしろかなり美形といってもいいぐらいの容姿である。さらに先生としての評判もよく、学校内での人気も高い。それなのに、どういうわけか異性との交際となると、人並み以下の経験しか持っていなかった。長らくひとり身であり、今も愛すべき恋人はいない。こうなると、街ですれ違う幸せそうな家族や恋人に対して、理不尽にも恨めしい感情を抱いてしまう。
そんなさわ子がやって来たのは、街のはずれにある小さな会館だった。彼女がここに来た理由…、それは古い友人に誘われたからだった。
数日前のこと、その友人から久々に電話があった。懐かしさもあり、色々と話に花が咲いたが、その中でさわ子は、「ひとり身で寂しい」とふと漏らしたのだった。すると、その友人は身を乗り出すような勢いでこう云った。
「さわ子、悩んでるならとってもいいところ紹介するよ。私がとってもお世話になっているところなんだけど、人の抱えてるどんな悩みも吹っ飛ばしてくれるようなアドバイスをくれるところなの。さわ子に彼氏ができないのも、そこに行けばきっとすぐ解決すると思うわよ」
「試しに一度来てみない?」そんな友人の誘いに、さわ子は乗ってみることにした。そんなにすぐに悩みが解決できるとは思わないが、少し行ってみるぐらいならいいだろう。
そう思って来てみたものの、とてもさびれた、陰気臭い会館…。大丈夫かしら、本当に。さわ子は何だか不安になった。
「あれ、山中先生?」
ふと声がしたので、声の方を見てみた。
「あれっ、あなた純ちゃんじゃないの!?」
「はい、鈴木 純です」
さわ子は驚いた。彼女は梓や憂と同期で、軽音部の一員でもあった。
「どうしたんですか?もしや、今日の集会に?」
「え、ええ。友達に誘われて」
「へえ。私も大学のサークルの先輩に誘われて、今日で二回目なんですよ」
「あ、そうなの?どんなところなのかしら。初めてだから、ちょっと心配で」
「なかなか独特な雰囲気で、面白いですよ」
純は笑ってみせた。
ふたりは会館の中へ入った。入ってすぐに受付があり、入場者はそこで名前を云ってから奥へ進んでいく。
ふたりもそれに従った。受付の女性が、彼女たちに話しかける。
「あなたがたは、一般の方ですか?」
「ええ、友人に誘われて来たんですけど」
さわ子が答える。
「でしたら、こちらに名前を書いてください」
受付の女性は、名前の書かれたリストをいったんどけ、机の下から一枚の紙を挟んだバインダーを取り出した。『一般入場者名簿』とあった。
さわ子と純は順番に名前を書いた。そして奥へ進む。
人々のゆく方向に従って歩いていると、集会室に着いた。入口の前で、集会のスタッフらしき人が話しかけてきた。
「すみません。一般の方ですね」
「ええ、そうですけど」
「ようこそいらっしゃいました、この素晴らしい集会へ。ご案内いたします。こちらへどうぞ」
スタッフに誘導されて、集会室の中へ入る。薄暗い部屋に椅子がたくさん並べられてある。スタッフはちょうど二人分空いていた前から3番目の席へさわ子たちを連れていった。
「どうぞ、こちらへ」
「あ、あの…、もっと後ろの方でもかまいませんけど…」
「いえいえ、前の方がよく見えますから、ぜひこちらに」
さわ子と純は、仕方なくその席へ座った。さわ子は辺りを見回した。自分は結構ラフな格好で来てしまったのに対し、周囲には結構フォーマルな格好をしている人が多い。隣の純でさえ、白のブラウスにカーディガンを羽織った、少しお洒落な格好をしているのだ。もう少しちゃんとした服装で来れば良かったな、とさわ子は思った。
「ね、ねぇ、純ちゃん。この集会って、どんなことをするの?」
「大したことはしないですよ。ビデオ見たり、お話聞いたり、あとお祈りしたり、そんな感じです」
さわ子ははっと気づいた。これは明らかに宗教の集まりだ。見たところ、キリスト教の系統でも、仏教の宗派でもなさそうだ。何だか得体が知れない。けれど、ここで立って帰るのは、勧めてくれた友人に申し訳ない。とりあえず、参加するだけ参加しよう、そう思った。
やがて、会が始まった。まずはビデオ上映だった。会場の前のスクリーンから、壮大な映像が映し出される。映像に合わせて、ナレーションが始まった。
『あなたは、“運命”あるいは“奇跡”を信じますか?ある人は云うでしょう。“そんなもの、この世には存在しない”と。またある人は云うでしょう。“たまたま起こった人にとって幸運な偶然、人はそれらを運命や奇跡と表現するのだ”。しかし、それらの考えは、正しくありません。運命、そして奇跡は確実に存在します。私にも、そしてあなたにも。それは、我々の細胞の中のDNAに書き込まれているのです』
このようなナレーションの後、『精神世界へのいざない』というタイトルが表示された。
奇跡がDNAに書き込まれてる?さわ子はその言葉に興味をもった。
映像とナレーションは続く。
『我々の生きるこの世界は、変化の連続です。時に、驚くべき事態に直面することも少なくありません。しかしながら、それらの事象は実は理由なく偶発的に起こっているのではありません。宇宙の真理・自然の摂理にしたがって、起こっているのです。しかし、多くの人々はそのような大きなものには目を向けようとしません。そして、不測の事態や不幸な出来事に見舞われた時、運が悪かったと嘆くのです。そうではありません。すべての出来事には、相応の原因があるのです。私たちはそれを知るだけで、不幸を回避し、さらに奇跡さえも手に入れることができるのです』
『すべての出来事には相応の原因がある』ですって?ということは、私に彼氏ができないのも、相応の原因があるということかしら。さわ子は思った。
『では、我々が知るべきこととは何か。それは、宇宙がどのような仕組みで成り立っているのか、そして、我々がいかにして今、ここに存在しているのかです。つまり、太陽系の地球という惑星に、36億年前から絶えることなく伝わるDNAを介して我々は生まれてきた。このことを理解するのです。そして、ただ理解するだけではいけません。その真実に感謝するのです。そうすることで、あなたの心の目が開け、幸運がきっと舞い込んで来ます』
ここで、ナレーターは語気を強めた。
作品名:【けいおん!小説】 水の螺旋 (第四章・真理) ・上 作家名:竹中 友一