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ライクリー・ラッズ!

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 そして朝。鳥のさえずりに招かれるように起き出した。竹青荘はしんとしていた。住人は皆、朝のジョギングに出払っている。そのはずだった。
「よう、目ぇ覚めたか」
 ウインドブレイカーに短パン姿のニコちゃんは、これみよがしタバコをくわえてドア口に立っていた。
「チクるか?」
 今朝はやけに好戦的な物言いをする。
「……べつに」
 王子は俯いて床に呟きを落とす。だが、思いついたように顔を上げた。
「俺にも、一本くださいよ」
 へえ。思いも寄らない返答に、ニコちゃんは眉をあげる。くしゃくしゃになったタバコを取り出すと、一歩抜き取りライターと一緒に投げ寄越す。取り損ねた王子は拾いあげ、震える指で火を付けた。途端に、案の定げほげはと咳込み始める。
「オイオイ、最初は肺に入れずに吐き出すもんだぜ、知らな……つって、知るわけねぇか」
 飽きれたように笑って、ニコちゃんは王子の背中を摩った。空咳は止まらない。もしかしたら、王子は肺が弱いのかも知れない。ニコちゃんは思い、少し罪悪感を覚える。そうして懸命に背中を摩ってやりながら、漏れ始める嗚咽に、どこか遠くを見つめる眼差しでニコちゃんは口を開く。

「なぁ、お前も諦めるか。自分の努力や思いの量と結果が結び付かずに、限界を知った気になって、自分の人生に折り合いを付けるか。……挫折の味は苦いぞ。そりゃあ、苦かったさ。タバコなんか目じゃねぇ。だがな、腕や脚で風を切って走りつづける事に意味があんだよ、それがどんなに痛かろうが、どんなに苦しかろうがよ……それが人生ってやつだろう。それが漢ってもんだろう。……ああ、ったく。バカお前、俺に哲学者みてぇな事言わせるなよ、自分に酔っちまうじゃねぇか」

 王子の嗚咽が一度ぴたりと止んで、今度はさらに酷くなる。
 胸が苦しい。タバコの匂い。そうだ、これは親父の匂いなんだ。だから俺は嫌なんだ。王子はそう思って、口にした。
「ニコちゃん、先輩って親父みたいで…っ!だから、嫌なんだよ…ううっ」
「失礼な、俺ァまだ25だぜ」
「さ、詐欺だ…っ」
 うるせえ。笑って吐き捨てた。ふいに背中を摩る手の温もりがなくなり、王子は縋るようにニコちゃんを見上げた。
「俺、先に行くわ」
「え……待っ…」
「待ってるからな、アイツらも」
「ま──待って!」
 そんな声も空しく、背中を向けられる。王子を手を伸ばし、虚空を掴む。足は震えるばかりでびくりともしない。けれどニコちゃんは待ってくれない。未来は待っていてはくれない。行ってしまう。皆行ってしまう。
「──待って!待ってよ、ニコちゃん、お、置いていかないで!」
 縺れる足のせいで転倒する。階下のニコちゃんは振り返らない。転がり落ちるように階段を下りる。踏み外した。踵が痛い。胸が痛い。

 置いていかないで。
 本当はずっとそう言いたかった。

 裸足のまま玄関を出て、門の手前のじゃりの上でようやくニコちゃんの背中を掴めた。王子はふうふうと息を弾ませ、涙を拭った。
「……なあ、王子よ。俺のココはさ」
 ニコちゃんが振り返り、ココ、と胸元を拳で叩いて強調し、一度だけ悲痛に目を強くつむった。
「一回、ぽっきり折れちまったんだ。……でも、ユキが言うにはよ。一度骨折した所は、前よりずっと強く硬くなるんだと、鋼みてぇに」
 だから、俺はもう折れねぇよ。
 ニコちゃんがにかりと笑って、王子の手を引いた。その視線の先の向こう側に仲間たちが居た。手を振っていた。呼んでいる。俺を。皆待っていてくれた。
「お、俺ぇ…っ、うっ…な、み、みんなと、何周遅れなんだろぉ……?」
「さあなぁ」
 追い越してぇか?とニコちゃんが聞いた。王子は力強く頷いた。その肩をポンと打って、走がすばやく駆け抜けていく。カケル。新星のように光のような速さで先を見つめる少年。
 王子が一歩踏み出した。途端に住人が、向こう側でクララ!クララが立った!と盛り上がる。
「泣くと余計に苦しいぞ」
 走に一足遅れて、ハイジがそんな言葉を残していく。なんだ、経験済みか?ニコちゃんが下世話な声を投げかけたが、ハイジは肩越しに微笑んだだけでまた背中を向ける。
「よぉし、王子。行くか」
「待…っ」
「おう、待つ。だから、一緒に行こうぜ」
「一緒に……」
 一緒に。ニコちゃんが頷いた。王子もつられて頷いていた。
 その二人の間を風が通り抜ける。それは王子の背中を押すように一度だけ。いつだって風はあった。そして今日は追い風が吹いている。
 王子はゆっくりと走り出す。澄んだ空気の中に混じる、太陽の焼けた秋の香り。こんな匂いを、いままで感じたことはあっただろうか。辺りの景色を見渡した。自分が毎日通る街は、こんな景色の色をしていただろうか。
 だんだんと上がる息。破裂しそうな心臓。呼吸をする度、肺を襲う刺すような痛み。苦しい。きつい。苦しい。でも、慣れる。大丈夫、慣れていく。そうしてどんな道も走り続けていける。
 腕を切る。足を前へ前へ出す。仲間たちの元へはもうすぐ辿り着ける。



 王子は思う。
 明日が向かい風でも、走り続ける自分でありたい。




  END.


作品名:ライクリー・ラッズ! 作家名:saki105