Open the door
プロローグ
「あなたは全くつまらない男だわ」
腕を胸の前に組んで彼女はそう言った。
「本当につまらない!いいかしら、ハリー?今日は週末の夜なのよ。それなのに、ただソファーに座ってテレビを見ているだけなんて、信じられない!せっかくの土曜日じゃない!なにそれ?!―――それに、明日の予定は?って聞いたら、外壁のペンキが剥げかけているから塗りなおしたいですって?ハッ、信じられない!!そんなことはハウスエルフの仕事じゃない。なんであなたがそんなことをするの?まったく、あなたはなんてつまらない時間のすごし方をするのかしら!」
口早にまくし立てられるのに心底うんざりしたように、ハリーはカウチに座ったまま付けっぱなしのテレビから顔を上げて、やっと相手を見上げた。
「……僕がどんな時間の使い方をしようが、それは僕の勝手だろ?金曜日まで仕事が立て込んでいて残業続きだったんだ。くたくただよ。やっと訪れた週末くらいは家でのんびりしたいと思ったのがいけないのかい?―――それとも何?大勢の人でごったがえすクラブで酒を飲んでバカ騒ぎするほうが、君の勧める有効的な時間のすごし方ってわけ?着飾った君の腰に手を回して、知り合いでもないヤツらに「ハイ、元気?」とか気軽に声をかけられて、愛想よくニコニコ笑いながら答えるのが楽しいはずないだろ」
「なにを今さら。あなたは魔法界じゃあ有名人なんだし、どこにいたって声かけられるのは普通じゃない。ただそんなのは有名税として、笑って受け流せばいいことだわ。簡単じゃない」
「いやだね。僕はそんな恥知らずな、目立ちたがりじゃないし、まわりから注目されるのは苦手で心底うんざりしているんだ。週末ぐらいゆっくりさせてくれ」
ジニーは指を相手の鼻先に突きつけた。
「ああ、本当につまらない!英雄がこんなにつまらない相手だと思ってもみなかったわ。うんざりしちゃう」
そう言いながら、首を横に振る。
ハリーは無言でそれ以上喋ることなく、またクィディッチの試合に視線を戻した。
画面ではバリキャッスル・バッツのチェイサーが、トランシルバニア・タックルをかけたのが、ファールかどうかで審判ともめているのが映っている。
そのラフプレーに観客のブーイングが大きくなり、その声が険悪なムードを一層盛り上げるようにリビングに甲高く響いていた。
ふたりがいるこの部屋は広くはないけれど狭くもなくて、暖炉は暖かで居心地がいい。あとはキッチンとバスルーム、寝室と客室がひとつずつあり、丁度いい大きさで使い勝手がよくてハリーは気に入っていたけれど、彼女にはお気に召さなかったらしい。
ジニーの予定ではあと部屋は10室はあって、もちろん各部屋にはバスルーム付きで、ハウスエルフが5人は傅き身の回りの世話はやってくれ、庭は広くてプール付き、小切手は切り放題、どこでもビップ扱いを受けみんなに敬われるヒーローの隣に、ファーストレディーよろしく寄り添い笑っているのが当たり前と思っていたらしい。
ヴォルデモートを倒したあとには、華々しいゴージャスな生活が訪れるものだと思っていたら、蓋を開けたらこの有様だ。しけた家で、ソファーに座ってスナック菓子を食べ、ハウスエルフ一匹もいないから皿洗いまで自分がするなんて、信じられない。
彼女はむかしから抜け目がなくて、ハリーがフリーになるとさっさと彼氏を捨て去り乗り換えるほど行動も素早い。
抜群のスタイルも燃えるような赤毛も、はっきりと自分の意見を言う性格もみんな彼女の立派なチャームポイントだし武器だ。
「わたしは英雄とハイクラスな生活がしたかったの。こんなはずじゃなかったのに……」
相手の態度をしげしげと観察し、現在の自分の立場を思案しているようだ。
そうしてこれみよがしの深いため息をひとつつく。
「あー、やだやだ。やっぱり、もう終わりにしましょう」
言いたいことを言うだけいうと、さばさばとした態度で手を振った。
「わたしの荷物は捨てるか、隠れ穴にでも戻しておいて」と言い捨て、あっさりと彼女は家から出ていったのだった。
作品名:Open the door 作家名:sabure