Open the door
2章 ロンドンでの再会
アルフィーズ・アンティーク・マーケットの外観は古ぼけた建物だけれど、中に入ると地下一階から三階まで400軒もの店がひしめき合う、イギリスでは最大級の屋内マーケットだった。
家具や絨毯などをはじめ、陶器やガラス、ビクトリアンのキャミソールやペチコートなど、個性的なアイテムがそろっている。
週末ということで、人ごみもそれなりに多くて、あまり広くない通路にたくさんの人々が行きかっていた。
肩がぶつかり身動きができないほどの混み様はうんざりするけれど、ここはそれほどひどくはない。
程よい混雑は居心地がいいものだ。
誰も自分のことを無遠慮にジロジロと見詰めてくることもなく、顔を寄せて噂話を通りすがりにされることもない。
重たい気分が払拭されて自然と口元が緩み、ハリーは久しぶりに少し心が沸き立ってくるのを感じた。
ここに店を構えているショップはどれも専門的な品揃えになっている。
テーブルしか扱っていない店の隣には、現代アートのような前衛的なライトスタンドばかりが並んでいる店があったり、その隣はアフリカの民芸品のショップだったりする。
ハリーは物珍しさから、店に入っては年代物の置時計を手に取ったり、木彫りの猫を撫でたり、趣味のいい絵画を眺めたりして、ご機嫌に歩いていた。
2階へと階段を使って上がり奥へと進んでいくと、ショップの軒先に座り込み、その前にある箱に手を突っ込んで、何かを探している人物に気付きふと足を止める。
屈んではいるけれどその背格好はなんだか、とても見たことがあるような気がした。
(知り合いかな?) 首を傾げる。
背後にそっと近づき、癖のない銀色に近い見事な金髪が目に入った途端、相手が誰だかすぐに気付き飛び上がりそうになった。
魔法界ではなく、マグル・ロンドンのアンティークショップの片隅で、よりによって何年かぶりにとんでもない相手に気付いた自分の迂闊さを呪いそうになる。
背を向けた相手がまだ自分に気付いていないのをこれ幸いと、慌てて離れて通り過ぎようとしたけれど、ハリーはその場所から動けなくなってしまった。
なぜならドラコが箱を覗き込んで真剣な表情で選んでいるのは、『ドアの取っ手』だったからだ。
相手はガラクタしか詰まっていないような箱の中に手を突っ込んで、無造作にかき回しては、いろいろな形の取っ手を取り出しては眺めて、またそれを戻したりしている。
ガチャガチャと音を立てて選んでいるのは、ノブだけだ。
ドレッサー用と思われるカントリー調に薔薇がペイントされたものや、クリスタルのようにカッティングされたキッチンの扉用の取っ手などには目もくれず、彼が探しているのはどうやらドア用のノブだけらしい。
しかも選んでいるのは、ゴテゴテと飾りが付いていない、ごくシンプルなものだけだ。
(なんでドアノブなんだ???)
ハリーは訳が分からない。
首を傾げながらそのまま通り過ぎようとして、二件先の店まで行ってぼんやりと考え、やはり『それ』が気になってたまらなくなり、わざわざ再び彼のいる場所に引き返してしまった。
勇気を何より重んじるグリフィンドールは、つまり裏を返せば無鉄砲と同じ意味だ。
好奇心は人一倍で、物事を筋道つけて考えるというよりも、直感と行動力に重きを置いている。
「バスルームのドアが壊れたの?」
ハリーは背後から相手に挨拶もなく、いきなり話しかけた。
突然声をかけられたドラコは肩をビクリと震わせ、驚いたように振り返り、自分に声をかけた相手が誰なのか気付いた途端に、そのまま瞳を大きく見開いたまま、相手を見詰めて固まる。
「手に持っているのドアノブでしょ?」
ハリーは気安く声をかけた。
ドラコは顔を胡散くさそうに、相手を観察するようにじろじろと見詰める。
ハリーは好奇心いっぱいの瞳で気軽に話し続けた。
「えらく熱心に探しているみたいだね。ドアが取れてトイレに閉じ込められたとか?」
自分で自分のジョークにウケたのか、ゲラゲラ笑う。
……どうやら、根っからのグリフィンドール気質には、忘れっぽいということと、つまらない冗談に笑い転げるという特性もあるようだ。
ドラコはため息をついて、首を振る。
「いや、別にそういう訳じゃない。探しているのは普通のドアノブだ」
「へぇー……、そうなんだ。だったらもう少し先に、たくさんドアの取っ手が飾っている店があったよ」
気軽に「こっちだよ」と言いつつ手招きをする。
ドラコはその態度に少々唖然としながら、戸惑いつつ立ち上がると、彼の後に続いたのだった。
作品名:Open the door 作家名:sabure