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【けいおん!続編】 水の螺旋 (第四章 / 真理) ・下

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「ああ、畏れていたことが起こってしまったわ」
 和が呟いた。一同はいっせいに和の方を見た。
「和、『畏れていた』って…」
 和は石山教授の研究室で見た、酵母やマウスのことを話した。そして、唯にも同じような異変が起こり得ると考えていたことも。
「そんな…」
 憂は悲しい目で、悲痛な声をあげた。彼女は立ち上がることができなかった。吹き飛ばされ壁に激突した時、打ちどころは悪くなく致命傷は免れたが、それでもあまりに強く打ちつけられたため、身体中に痛みが走り、動けなくなっていた。
「どうしてそのことを、早く云っといてくれないんだよ」
 律は強い口調で和を責めた。
「ごめんなさい。確証のないことをいたずらに云って、みんなを不安にさせたくなかったし、何よりも唯の関することだったから」
「おい律、和を責めることないだろ」
 澪が律に云った。「う、うん。そうだな…」といって、律はすまなさそうにうつむいた。
「唯先輩は、もとには戻らないんでしょうか…?」
「いえ、おそらく、薬が切れたらもとに戻ると思うわ。でも、薬が完全に切れるまでにどれだけの時間がかかるか…。またその間に、唯が石山教授にまた薬を飲まされてしまうということも考えられるわね」
「そんな。それじゃあ、私たちに唯ちゃんを助けることはできないの?」
 和はしばし考え込んだ。食事中のやりとりの中で、唯に対して感じた違和感が気になったのだ。あの時に感じた、唯に対する印象の変化は何だったのか。
 和には、ひらめくものがあった。確証はない。だが、もしかしたら、それは唯を助けるための大きな手掛かりになる、そんな気がした。
「…あるいは、別の回避方法があるのかも…」
「別の回避方法?」

 唯は夜道をふらふらと歩いていた。
「うわぁっ!」
 前から歩いてきたサラリーマン風の男が、唯を見て声をあげた。彼だけではない。街を行く人々はみな、唯を見ると例外なく驚いた声をあげたり、脅えた表情をしたり、とっさに逃げたり、腰を抜かしてその場にへたり込んだりした。
 唯には、自分自身に何が起こったのか、そして人々がなぜこのような反応を示すのか、まったく分からなかった。ただ、胸の中は悲しみと痛みでいっぱいになり、すべてを壊したいという衝動が、その反動のように心の中を渦巻いた。ただ、ほんのわずかな理性が、皮一枚でつながった首のように、その衝動を何とか抑えていた。
 あまりの激高で、先ほどの記憶が薄れつつある。何とか思いだせるのは、ぐったりと倒れた憂の姿だけだった。
その光景を思いだした瞬間、唯は思わず叫び出しそうになったが、両手で口を強く押さえ、皮一枚の理性で何とかこらえた。だがそれも、時間の問題に思えた。これ以上感情が昂れば、叫び出すだけでなく、勢いでここら一帯をぐちゃぐちゃにしてしまいそうな心地がする。
 唯は再び歩き出した。得体の知れない深い絶望と、孤独感に苛まれながら。
 歩きながら、唯は思った。今度こそ、あの仲間たちのところへは帰れない。自分がしてしまったことははっきりとは覚えていないものの、とんでもないことをしてしまったという自覚だけはあった。
 これからどうしたら…。もうだめ、消えてしまいたい。
 唯は再び歩みを止め、その場にうずくまった。

 チリーン。

 鈴の音が聴こえた。顔をあげると、首に鈴をつけた子犬の姿があった。
 子犬は、まるで人のような目をしていた。吸い込まれそうな綺麗な瞳、また汚れて澱んだ醜い心を映し出すような瞳、相反する人の性質を兼ね備えたような、そんな瞳だった。
 子犬は、唯を促すような目を向けながら、前方へ歩き出した。唯はおそるおそる立ち上がった。と、子犬は急に駆けだした。
「あっ、待って!」
 唯は犬の後を追いかけて、角を曲がった。すると、大きな広場に出た。
 あれ?こんなところに広場なんてあったっけ…?
 唯はそう思って、キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていた。
すると、目の前に自分の背丈よりも大きい、巨大な風船が出現した。風船はさらに膨張して、バンッ!と割れた。割れた風船の先に、何だか懐かしい光景が現れた。ふたりの幼子が並んで眠っている。そうだ、あれは幼い頃の私と憂だ。どこからか声がする。聞きなれた声だ。そうだ、お父さんとお母さんの声だ。
「このふたりは、本当によく似ているな」
「そうね、見た目はね。でも、中身の方は少し違うみたい」
「というと?」
「憂は聞き分けがよくってとてもいい子なんだけど、唯の方がねぇ」
「唯がどうかしたのかい」
「ええ。落ち着きはないし、聞き分けもないし、何をやっても失敗ばかりで、何かと手を焼かせるのよ。こないだだって、触っちゃだめだって何度も云ってるのに、ストーブに手をかざして火傷しちゃって」
「ははっ、子供なんだから、それが普通じゃないのかな」
「でも、憂の方はとっても聞き分けがよくていい子なのよ。お姉ちゃんのくせして、情けないと思わない?」
「ああ、確かに、憂の方が扱いやすい子ではあるな」
「そうでしょ。憂の方が将来有望かもね。唯はちょっと、望み薄かしら?」
 えっ、私は幼いころ、お父さんとお母さんに見放されたの?ちょっと待って!憂は確かにいい子。でも、私だって…。
 唯はあの時の父と母のもとへ駆け寄ろうとした。しかし、身体はすり抜け、唯は前につんのめった。目の前には、また別の風船があった。風船は急激に膨れ、割れた。割れた先に、また懐かしい光景が浮かび上がった。

 先ほどとは少し成長した自分が、砂場でひとり遊んでいた。
 ふたりの女性が遠くからそんな自分を見ながら、話をしている。幼いころ、近所で見覚えのあるような雰囲気のある人だったが、顔までははっきりと見えない。
「あの子、またひとりで遊んでるわ」
「そうね。友達とかいないのかしら」
「ご近所さんで同い年の子がいて、その子とはたまに遊んでいるみたいだけれど、それ以外に誰か近所の子と遊んでいるのを見たことがないわね」
「そうそう。真鍋さんだっけ?でも、あそこも仕方なく付き合ってるんじゃないの?だってあの子、ちょっと変でしょう?」
「そうねぇ。知ってる?前にあの子、真鍋さんところの家のバスタブを、ザリガニでいっぱいにしたって」
「えー、何それ?信じられない」
「ちょっと普通じゃないわよね。ウチの子は、あの子と仲良させないようにしないと」
「そうね。私もあの子には気をつけるわ」
 向こうでそのような会話が繰り広げられていることなど露も知らず、幼いころの自分は拙い砂のお城を作り上げては、満足そうな笑顔を浮かべているのだった。

 次々と風船が空から舞い降りてくる。そして、目の前でそれが割れる度、昔見た光景が浮かび上がり、その頃の自分が知らなかった周りの人々の会話や心の声が聞こえてくる。
 次に見たのは、憂の心だった。
憂は両親が不在のとき、「お姉ちゃん。私がやるから」といって、家の仕事の殆どをやってくれた。自分は憂の心を疑うこともなく、憂に家事の殆どを任せていた。しかし、憂には「お姉ちゃんにやらせると、どんな失敗をするか分かったもんじゃない」という見下げた気持ちがあったのだ。
 次に見えたのは、呆れ果てたような和の顔だった。