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【けいおん!続編】 水の螺旋 (第四章 / 真理) ・下

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 自分といる時、和は自分が気づかないうちに、こんな表情を浮かべることがあったのだ。
 次に、放課後ティータイムの仲間たちの声が聞こえてきた。
「唯、お前とはもう付き合ってられないんだ」
「お前のおもりはもう疲れるんだよ」
「ごめんなさい。もう、唯ちゃんをどう扱っていいか分からないの」
「迷惑です。先輩とは一緒にいるのも嫌です」
 次に見えたのは、姫子のうしろ姿だった。唯は藁にもすがる思いで、姫子のもとへ駆け寄った。しかし、振り返った姫子は、迷惑そうな顔でこう云った。
「そばに来ないで。1年間席が隣で、本当にウザかったんだから」
 みんな、私のことを迷惑そうな目で見てる。どうして?私はみんなのこと、嫌だなんて思わない。それに、私は私なりに頑張ってるのに…。
もういい。もう知りたくない。唯はそう思ったが、空を見上げればまだ無数の風船が地上に向かって降ってきている。知らないうちに陰口を云われたり、人に蔑まれたりした経験が、まだこれだけあるということか。
 もう見たくないと思ったが、風船が割れるたび、光景が次々に目に浮かんでくる。次に見えたのは、大学での光景だった。

 ある日の学生実習のこと。唯たちは生化学的な手法で、ある薬品の成分を分離する実験を行っていた。決まった場所に決まったサンプルをスポットしていく。その時、スポットン作業を唯がやっていた。そして、唯はついうっかりと、すでにサンプルを加えていた部分に、また別のサンプルをスポットしてしまった。当然、唯の班の実験結果は、めちゃくちゃなものになった。唯は班のみんなに「ごめんね」と謝った。みんなは、「ああ、別にいいよ」と返してくれたので、唯は安心したのだった。
 しかし、実習が終わり唯が帰った後、実は班のメンバーは唯の悪口を云い合っていた。あんなところでミスするなんて信じられない、危なっかしくて見てられない、謝るときもへらへら笑ってて反省の色が見られない…。そのような話から、言動が変、見ていてキモい、頭がおかしい、というところまで話は及んだ。そして、最終的に唯には実験をさせないでおこう、というところに話は終着したのだった。
 それから、唯が実習の時に作業を任されることは殆どなくなった。班のみんなは、うわべは笑顔で「ここは私がやるからいいよ」と云っていたし、唯もそんなメンバーに不審感をもつことはなかった。だが、実はそのようなやりとりが唯の知らないところで行われていたのである。

他にも、周りから行動や発言が変と云われたり、嘲笑されたり、嫌がられたり、陰口を云われたり…、そのような場面が次から次へと映し出される。
 唯は悟った。自分は何も気づいていなかっただけなのだ。自分はこうも人からあしらわれ、蔑まれ、疎外を受けているのだ。自分自身は、決して誰かを嫌ったりすることはなく、またそういうことを意識することもなかった。だから、他の人が自分を悪いように見ているなんて、考えもしなかった。しかし結局それは、自分は狭い自分の範疇でしか、ものごとを見ていなかっただけなのだ。世の中には60億以上もの人間がいて、その考え方や感じ方もそれぞれ違うのが当たり前なのだ。そして、出会ってきたこれだけの人間が、自分に対して不快感を示すのだ。
 唯にとってそれは、衝撃的な事実であった。唯の心には、深い悲しみと、絶望と、そして激しい怒りが込み上げてきた。他人を憎悪することなど初めてのことだった。しかし、心のどこかで唯にも分かっていた。周りが自分に対して不快感を示すのは、実は自分にも原因があるのだと。そして、そのことを認めなきゃという意思と、拒絶しようとする感情がぶつかり合って、それがいっそう憤りをかきたてることになった。
 相反する意思と感情、そしてすべてをぶち壊したいという激しい怒りに苛まれ、おかしくなりそうだ。
「もうやめて!見たくない!!」
 唯はたまらずその場にうずくまって、目を強くつぶり、両手で耳を押さえた。しかし、目をつぶれども光景は見え、それに付随して音も聞こえてくる。逃げることもできないのか。
 眼前に人の気配を感じ、唯はふと目を開けた。目の前にいたのは、幼いころの自分だった。ただ、目が少し違う。子供らしい純粋無垢な光はなく、瞳は吸い込まれそうな漆黒の闇で支配されていた。唯は、今の自分の目も同じだと思った。
「今は楽しい?」
 幼いころの自分は聞いてきた。異様なくらい抑揚のない声で。
「ううん、とってもつらい。壊れそうなくらい」
 唯は震えた声で目の前の自分に答える。
「そんなにつらいなら、すべてぶち壊しちゃったらいいのに。今の私ならできるでしょ?」
「すべてを、壊す…。そんなこと、できないよ」
「どうして?」
「だって、すべてを壊しても、壊したものは自分の心に残るもの。無き物にしたくて壊したのに、きっと自分は壊したものにずっと苦しめられる…」
 唯はそう云って目を伏せた。幼い自分は相変わらず冷めた瞳で唯を見ている。
「壊したくても壊せないなんて、哀れだね」
 幼い自分はそう云い残すと、くるっと踵を返して駆けていった。
「あっ、待って!」
 唯は幼いころの自分を追いかけた。唯は走りながらも、頭の中では思考がぐるぐる渦巻いていた。
― 自分に正直でいればいいのかな。あとでつらくなっても、自分の思いを貫くことが一番なのかな。
むしろ、中途半端な気持ちでいるのが一番ダメなのかも。
(思い切ってやっちゃえば?)
 このままでいても、何も変わらない気がする。何もせず、人から嫌な目で見続けられるんだったら、いっそめちゃくちゃにしてやりたい。
(戸惑いを捨てて、心を解き放って!)
 でも、私は本当に悪くないのかな?自分のことなのに、自分にも分からない部分がある。このまま人を憎むことって、実は自分の悪いところに目を伏せることになるのかな…。
(そんなことない。悪いのは私じゃなく、みんなのほう)
 そうだよ。みんな、あれだけひどい人たちだもん。私は頑張った。でも、みんなからずっと不当に虐げられてきた。今自分が牙を剥いたって、何の問題もないはず。だって、向こうも私にそういうことをしてきたんだもん。
そうだよ!やっちゃおうよ。私の中のすべての力を解き放って、すべてをぶち壊しちゃおう!そして、私があとの世界をすべて支配しちゃえばいい。私には力がある。その権利があって当然だわ!

…。
チリーン。
…。

再び、鈴の音がした。
 気づけば、幼いころの自分は闇の中に消えていた。しばらくして、暗闇の中から先ほどの子犬が浮かび上がってきた。
 その子犬は、相も変わらず人間のような瞳でこちらを見ていた。悲しそうに潤んだ瞳。唯はこの目は以前の自分の目かも知れないと思った。そして、それを少し不快に感じた。彼女は、今自分は何かが吹っ切れ、大きな決意をしたと感じていた。しかし、子犬の瞳を見たとたん、その決意を挫いてしまいそうになったのだ。
「どうして、そんな目で見るの?」
 唯は少し苛立ったように云った。子犬は悲しい瞳をこちらに向けながら、唯の心に語りかけてきた。
(すべてをぶち壊す。君は、本当にそれでいいの?)
「もちろんだよ!」
(君は、大事なことを忘れているよ)
「大事なこと!?」