二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

蠱毒

INDEX|1ページ/5ページ|

次のページ
 
蠱毒

 正十字学園町と隣町の境にある一角。古い小さな社を取り囲む鎮守の森がこんもりと茂る。その周辺はちょっとした空き地になっていて、背の高い雑草が人の進入を拒むかのようにのさばっていた。ギラギラした日差しが容赦なく地面を照りつける。あまりの暑さに、辺り一面に生えている草たちも心なしか緑色が褪せているようだ。
「疲れたぁ」
「まったく、幾ら我らが使い魔だとは言え、汝《うぬ》は白狐使いが荒すぎるぞ」
「そーだそーだ」
「改善を要求する」
「要求する!」
 白狐たちがぶちぶちと文句を言いながら、尻尾を振るう。その度に茎が硬く背の高い雑草が、辺りに土を撒きながら地面から抜けていく。
「ちょっと!こっちに土飛ばさないでよ!」
 彼らの主である神木出雲が、ジャージと日よけの麦藁帽子に飛んできた土を払いながら、二匹の狐を怒鳴る。
「だってぇ~~」
「うるさい!任務の一環なんだから、さっさと終わらすしかないでしょ!」
「我らにはかんけい…」
「黙ってやれ!」
 文句を言わせず一喝すると、白狐たちは気圧されてすごすごと作業を再開する。
「こっちだって好きでこんなことやってんじゃないわよ」
 草刈鎌を手にしゃがみ込むと、手近にあった雑草の一群を掴んで苛立たしげに根元を刈り取った。
 ジャージ、タオル持参で集合を命ぜられた候補生《エクスワイア》たちは、正十字学園町の正門前に設けられた、『総本部』と書かれたテントの前で麦藁帽子と軍手を配られた。そのテントは、気でも触れたのではないかと思うような色彩で、珍妙な形だった。可愛いものが好きな出雲の嗜好から大きく外れていて、見た瞬間にげんなりした。そんな出雲を更に逆なでするかのように、理事長であるフェレス卿が
「正十字学園町を守るワタシの結界も、定期的にメンテナンスしてやらねばなりませんでね。天気も良いことですし。本日の任務として、皆さんにはそのお手伝いをして頂きましょう☆」
 ちょっと薬草二、三本取っといて、みたいな軽い感じで言ってくれたのだ。
 小さな空き地一面に雑草がこれでもかと生い茂って終わりが見えない上に、更に干上がってしまいそうな暑さの中で、「メンテナンス」なんて格好良い言葉を言っておいて、その実はただの「草むしり」じゃないかと、出雲は文句を言いたい気分だった。
「大体、アイツはどこ行ったのよ?」
 塾生は二人一組で分けられた結果、今回は勝呂竜士と一緒だった。これまでも何度か一緒に組んだことがあるが、勝呂は強面の外見に拠らず真面目で、口は悪いが腹立たしいまでに紳士だった。
 空き地の雑草は根っこごと刈り取ってしまうように指示されていた今回も、担当区域の状況を見るなり
「神木は雑草刈ったって。俺は反対からやるわ」
 当然のように言ったものだ。
「刈るんじゃなくて、根ごと取るんでしょ」
「お前が刈った後、俺が根ごと掘り返したるわ」
 自分が重労働をするのが当たり前のように言ったものだ。
 それがまた勝気な出雲の気に触る。体力のない自分を気遣ってくれているのは判っている。力で男に適うワケがない。それは自分でも自覚がある。だが、どうにも素直にその好意を受けられないのだ。出雲はすぐさま自分の使い魔である白狐を呼び出し、空き地の半分は自分(たぶん使い魔が主に)がきっちり根起こしまでやる、と主張した。
 ――我ながら、随分と可愛くないわね。
 自分で思い返しても、バカみたいである。
「勝手にしいや。俺かてそっちの方が助かるしな」
 少し呆れて、突き放したように言った勝呂の姿が先ほどから見当たらない。
 出雲は一つ溜息を吐く。脳裏に講師、奥村雪男の言葉がよみがえる。
「祓魔師は一人では闘えない!」
 候補生《エクスワイア》昇格試験を兼ねた合宿で聞かされて以来、出雲は自分が祓魔師として戦う姿を考えてきた。白狐二頭を一度に使い魔にしたほどだ。自分は手騎士《テイマー》を目指すのが一番だろう。それ以上の資格を取るかどうかは考えていない。ただ、剣や銃火器を振り回す自分の姿は想像出来なかった。取るなら医工騎士《ドクター》か詠唱騎士《アリア》だが、医工騎士《ドクター》は主に後方での支援、詠唱騎士《アリア》は詠唱中は無防備。そこは使い魔を操っている自分自身が無防備になる手騎士《テイマー》と余り変わらない。だからと言って騎士《ナイト》、竜騎士《ドラグーン》の称号《マイスター》を持っていても、結局祓魔師である限り誰かと組んで闘うのが大前提である。
 つまり、そこが問題なのだ。任務の時だけ知らない人と組んで、上手くやっていけるだけの人当たりの良さは出雲にはない。そうでなければ、もう誰かとコンビを組んでしまうしかない。でなければ、大勢の人手が必要な任務にしか刈り出されないだろう。それでは何のために祓魔塾に入ったのか判らなくなってしまう。
 ――コンビか…。
 ずっと親友の朴朔子《ぱくのりこ》とだけ付き合ってきた。他の友人など要らなかったし、他の人も出雲を避けて来た。今更他人と協調しなければならない、と言われても正直どうして良いのか判らない。今の祓魔塾の面々とすら、協調出来て居るのかどうかも判らない。組むように指示された者と指示された内容をきちんとこなしては居るけれど、実際の祓魔の場面ではまだ一緒に任務をこなしたことはない。
 祓魔塾に入るまでは、はっきりしていたはずの自分の目指していた姿が、今はぼんやりとしてしまってよく見えない。
 にゃーん。
 思考を遮られた出雲は思わず手を止める。
「猫…?ノラかしら」
 声はうっそうと茂る木立の中から聞こえてきたような気がした。昼なお暗い鎮守の森の中を、しゃがんだまま覗こうと、少し背伸びしたその背に声が掛かる。
「おい、神木。一休みしようや」
 振り向くと勝呂がペットボトルを片手にぶら下げて、もう一方で猫車《ねこぐるま》(土砂などを運ぶ一輪車)を器用に押しながら歩いてきていた。
「アンタ、どこ行ってたのよ」
「刈った草ほかし《捨て》に行っとったんや。ついでに飲みモン貰うてきたで」
 勝呂がスポーツ飲料を差し出す。
「…アタシ甘ったるいのキライ」
「アホ。汗かいとるやろ、砂糖とか塩とかミネラルとか取っとき。倒れてまうえ」
「いらないわ。喉渇いてないし」
 勿論嘘だ。こんな暑い日に喉が渇かない人など居ないだろう。だがすぐに意地が出てしまう。
「エエから飲めや」
 つん、と横を向いたままの出雲に痺れを切らした勝呂が、ペットボトルを放り投げる。慌てた出雲が反射的に手を出す前に、使い魔たちがかっさらうように受け止めて、水をよこせと主にねだった。
「そっちの木陰行っとき。こっちにおるよりマシやろ」
 タオルで頭部を巻き、首元に麦藁帽子を引っ掛けている勝呂が、日差しが降り注ぐ空き地に立って、Tシャツの襟元に風を通しながら言う。確かに鎮守の森の木々が落とす影の中に入ると、打って変わったように涼しい風が通り抜ける。古い参道と思しき少しへこんだ辺りに、出雲はひざを抱えて座り込む。そして白狐たちの執拗な要求に根負けし、ペットボトルのふたにスポーツ飲料を注いでやった。わずかな量だったのもあるが、使い魔たちも喉が乾いていたのだろう。あっと言う間に嘗め尽くされる。
作品名:蠱毒 作家名:せんり