どうすればいいかな
「わ、ワユさん……」
足や腕は小さな傷から大きな傷までたくさんあって、新しい傷はまだ血が固まりきってもいない。いつ巻いたか分からない薄汚れた包帯は体のあちこちに乱雑に巻かれていた。
久しぶりに砦に帰ってきたと思えばこうだ。また各地の剣豪たちと戦って来たのだろう。生きているということは勝ったという証拠だが、彼女が文句なしに強いとか、そんなことで安心なんかできない。
「大丈夫。キルロイさんが治してくれるでしょ?」
「あんまりこういうことが続くなら、考え物だけどね」
「…ごめん。でも、剣士ってね、みんなこんなものだよ。同じ所にじっとなんてしてらんないの。」
戦わなきゃ、それこそ死んじゃうよ。ワユさんは口を尖らせる。
剣士の気持ちなんて知るもんか。僕はいらいらした。
「はいはい、僕には一生分からないことだよ」
ライブの杖をかざす。傷は癒えるが、衣服にこびりついた赤黒いものは消えない。これは彼女のものだろうか。戦った相手のものだろうか。どうやって付いたんだろうか。想像するのも恐ろしかった。
「…服、洗濯するから出しておいて。」
「でも私、着替え持ってない。」
「ミストに借りたらいい。そんな格好でいたら、みんながびっくりしてしまうよ。」
「うーん、そうかなあ…」
「そうだよ。ほら、そこに干してある服、そろそろ乾いてると思うよ。僕がミストには言っておくから、着替えてくるといい。」
しぶしぶ、といった様子でワユさんはミストの服を掴んだ。
「キルロイさん、お母さんみたい」
「じゃあ、なおさら僕の言うことは聞いてもらわないと。」
ワユさんは大きな口で、あははと笑った。こうして笑ってると、以前と変わらないんだけどな。でも一度剣を握れば、普段の明るくて楽しいワユさんじゃなくなる。一太刀に命を懸ける、剣士になる。
彼女が負けた所に居合わせたことがある。剣のことなど分からない僕にも、彼は優れた剣士だと分かった。迷いのない太刀筋に、ワユさんは心臓が痛くなったという。そして、戦わなきゃ死ぬと言った。
勝負はあっという間だった。僕が流麗な剣さばきに見とれているうちに、ワユさんはすぐに剣を払われてしまった。まるで手足の如く剣を使うその人は、あまり戦いを好まないらしい。ワユさんに傷一つ付けずに、立ち去ろうとした。
「待ってよ。殺して行ってよ。」
声はいつもと同じ調子だったから、僕は一瞬何を言っているのか分からなかった。
焦点の合わない目でもう一度殺してと言うと、ワユさんはふっと気を失った。
「剣奴よ、それは誇りとは呼べない」
長い髪を翻し、剣士は姿を消した。
剣奴。もちろん知っている。見せ物として、競技場で戦わされている人たち。聞けば、小さな子供さえいるという。彼らの命は観客が握っていて、せっかくどちらも死なずに決着がついても、敗者に対して死ねとの怒号が飛べば、従わなければならない。
ワユさんは、剣奴だったのか?あの剣士とは知り合いなのか?ワユさんは自分の過去について話したがらない。聞いてもはぐらかされそうな気がする。でも、あの強さへの異常なまでの執着は、過去の経験からくるものだとすれば説明がつくかもしれない。
…いや。駄目だ、よそう。
彼女は何も言ってないんだ。あれこれ勝手に想像するのは良くない。
僕はただ、心配だけをしていればいいんだ。どうせ、それしかできないんだから。
「キルロイさん、キルロイさん」
微熱が下がらないのでベッドに横になっていたら、ワユさんがまたボロボロで帰ってきた。上半身だけを起こして「おかえり」と言うと、ワユさんはニコニコしながら部屋に入った。
久しぶりだねと、人懐っこい笑顔に騙されそうになるが、先月より深い傷が多い気がする。肩口の切り傷は、直視できない。ベッドに腰をかけさせて、包帯を解くと、出てきたのはまだ新しい怪我だった。血の滲む包帯に、僕はため息を吐く。
どうやって話せばいいんだろう。戦わなくちゃ死ぬなんて、馬鹿げてると。
一度、ワユさんの言った、「剣は私の命」という言葉に、ぞくりとしたことがある。もしワユさんから剣を取り上げたら、本当に死んでしまうかもしれない。いや、そんなこと、あるわけないんだけれど、そう思わずにはいられないくらいに、剣の道にのめりこんでいるのだ。
「ワユさん、僕はもう嫌だよ」
もう疲れたよ。君のことをずっとずっと心配して、本当に気が狂いそうだよ。早く血を隠して。視界に入れたくないんだ。ぐらぐらする。今日はすこぶる調子が悪いというのに、ワユさんは、本当にひどい。
「キルロイさん?」
抱きしめたワユさんの身体は、華奢で、傷だらけで、でも確かにあたたかい。ワユさん、ワユさん、自分の身体を大切にしてほしい。僕はきっと、傭兵団の誰よりも早く死ぬ。君をいつまで見守れるかわからない。ああ頭が痛い。息苦しい。でもワユさんがいるだけで、幾分ましだ。
「何するの…、キルロイさん、どうしちゃったの」
「僕は、君が大切なんだよ」
「う…うん……」
「君がいつまでたっても無茶をしてくれるから、毎日気が気じゃないんだ。辛いよワユさん、僕は待つことしかできないんだよ。身体はどんどん悪くなるのに、君はいつ見てもぼろぼろだ。これじゃ、落ち着いて死ねないよ。」
「キルロイさん…死んじゃうの?」
ささやくくらいの大きさで、ワユさんの声が耳元へ直接届く。血と土の匂いに涙が出てくる。
「さあ。でも、床に臥せってる時間が多くなってるのは、本当だよ。」
「いや!死ぬなんて言わないで…そんなの、やだ…!」
「じゃあ僕を安心させて。」
「安心て、どうすればいいの…?」
どうせワユさんは夜明け前には砦を出ようとするだろう。今日はそうはさせない。頭は依然としてぐらぐらするし、呼吸も乱れているけれど、スリープの杖くらい振れる。
「ワユさん、今日はゆっくり休んで。」
「え…、キルロイさん、それって……」
「大丈夫だよ。大丈夫。おやすみ。ワユさん。」
「キルロイさん、そん、な……」
腕の中でくたりとしたワユさんの身体をゆっくり隣に寝かせると、ベッドの脇に立てかけてあるライブの杖を取り、そっとかざした。
「ごめんねワユさん。好きだよ、世界で一番大事だよ。」
怪我が治ったのを確認してから、毛布をかぶった。二人ではベッドは狭かったが、ワユさんの頭を胸に抱いたら、そこまで寝苦しくなかった。
「ワユさん、朝だよ。」
「……キルロイさん、ひどいよ~~」
「はは、ごめんね。寝苦しかった?」
「そういうことじゃなくって…、はあ…」
「朝ご飯を食べに行こうか。」
朝起きても、ワユさんが腕の中にちゃんといたのが嬉しくて、僕は機嫌が良かった。ため息ばかりのワユさんの手を引いて、部屋を出ると、開いた戸に何かがぶつかった。
「あれ、ミスト?」
「きゃー!ごめん!言わないよ!誰にも!」
見つかってしまったか。でも特に焦ったりはしなかったし、恥ずかしくもなかった。しょうがないか、それだけ。でもワユさんは違うようで、すごい剣幕で否定をし始めた。
足や腕は小さな傷から大きな傷までたくさんあって、新しい傷はまだ血が固まりきってもいない。いつ巻いたか分からない薄汚れた包帯は体のあちこちに乱雑に巻かれていた。
久しぶりに砦に帰ってきたと思えばこうだ。また各地の剣豪たちと戦って来たのだろう。生きているということは勝ったという証拠だが、彼女が文句なしに強いとか、そんなことで安心なんかできない。
「大丈夫。キルロイさんが治してくれるでしょ?」
「あんまりこういうことが続くなら、考え物だけどね」
「…ごめん。でも、剣士ってね、みんなこんなものだよ。同じ所にじっとなんてしてらんないの。」
戦わなきゃ、それこそ死んじゃうよ。ワユさんは口を尖らせる。
剣士の気持ちなんて知るもんか。僕はいらいらした。
「はいはい、僕には一生分からないことだよ」
ライブの杖をかざす。傷は癒えるが、衣服にこびりついた赤黒いものは消えない。これは彼女のものだろうか。戦った相手のものだろうか。どうやって付いたんだろうか。想像するのも恐ろしかった。
「…服、洗濯するから出しておいて。」
「でも私、着替え持ってない。」
「ミストに借りたらいい。そんな格好でいたら、みんながびっくりしてしまうよ。」
「うーん、そうかなあ…」
「そうだよ。ほら、そこに干してある服、そろそろ乾いてると思うよ。僕がミストには言っておくから、着替えてくるといい。」
しぶしぶ、といった様子でワユさんはミストの服を掴んだ。
「キルロイさん、お母さんみたい」
「じゃあ、なおさら僕の言うことは聞いてもらわないと。」
ワユさんは大きな口で、あははと笑った。こうして笑ってると、以前と変わらないんだけどな。でも一度剣を握れば、普段の明るくて楽しいワユさんじゃなくなる。一太刀に命を懸ける、剣士になる。
彼女が負けた所に居合わせたことがある。剣のことなど分からない僕にも、彼は優れた剣士だと分かった。迷いのない太刀筋に、ワユさんは心臓が痛くなったという。そして、戦わなきゃ死ぬと言った。
勝負はあっという間だった。僕が流麗な剣さばきに見とれているうちに、ワユさんはすぐに剣を払われてしまった。まるで手足の如く剣を使うその人は、あまり戦いを好まないらしい。ワユさんに傷一つ付けずに、立ち去ろうとした。
「待ってよ。殺して行ってよ。」
声はいつもと同じ調子だったから、僕は一瞬何を言っているのか分からなかった。
焦点の合わない目でもう一度殺してと言うと、ワユさんはふっと気を失った。
「剣奴よ、それは誇りとは呼べない」
長い髪を翻し、剣士は姿を消した。
剣奴。もちろん知っている。見せ物として、競技場で戦わされている人たち。聞けば、小さな子供さえいるという。彼らの命は観客が握っていて、せっかくどちらも死なずに決着がついても、敗者に対して死ねとの怒号が飛べば、従わなければならない。
ワユさんは、剣奴だったのか?あの剣士とは知り合いなのか?ワユさんは自分の過去について話したがらない。聞いてもはぐらかされそうな気がする。でも、あの強さへの異常なまでの執着は、過去の経験からくるものだとすれば説明がつくかもしれない。
…いや。駄目だ、よそう。
彼女は何も言ってないんだ。あれこれ勝手に想像するのは良くない。
僕はただ、心配だけをしていればいいんだ。どうせ、それしかできないんだから。
「キルロイさん、キルロイさん」
微熱が下がらないのでベッドに横になっていたら、ワユさんがまたボロボロで帰ってきた。上半身だけを起こして「おかえり」と言うと、ワユさんはニコニコしながら部屋に入った。
久しぶりだねと、人懐っこい笑顔に騙されそうになるが、先月より深い傷が多い気がする。肩口の切り傷は、直視できない。ベッドに腰をかけさせて、包帯を解くと、出てきたのはまだ新しい怪我だった。血の滲む包帯に、僕はため息を吐く。
どうやって話せばいいんだろう。戦わなくちゃ死ぬなんて、馬鹿げてると。
一度、ワユさんの言った、「剣は私の命」という言葉に、ぞくりとしたことがある。もしワユさんから剣を取り上げたら、本当に死んでしまうかもしれない。いや、そんなこと、あるわけないんだけれど、そう思わずにはいられないくらいに、剣の道にのめりこんでいるのだ。
「ワユさん、僕はもう嫌だよ」
もう疲れたよ。君のことをずっとずっと心配して、本当に気が狂いそうだよ。早く血を隠して。視界に入れたくないんだ。ぐらぐらする。今日はすこぶる調子が悪いというのに、ワユさんは、本当にひどい。
「キルロイさん?」
抱きしめたワユさんの身体は、華奢で、傷だらけで、でも確かにあたたかい。ワユさん、ワユさん、自分の身体を大切にしてほしい。僕はきっと、傭兵団の誰よりも早く死ぬ。君をいつまで見守れるかわからない。ああ頭が痛い。息苦しい。でもワユさんがいるだけで、幾分ましだ。
「何するの…、キルロイさん、どうしちゃったの」
「僕は、君が大切なんだよ」
「う…うん……」
「君がいつまでたっても無茶をしてくれるから、毎日気が気じゃないんだ。辛いよワユさん、僕は待つことしかできないんだよ。身体はどんどん悪くなるのに、君はいつ見てもぼろぼろだ。これじゃ、落ち着いて死ねないよ。」
「キルロイさん…死んじゃうの?」
ささやくくらいの大きさで、ワユさんの声が耳元へ直接届く。血と土の匂いに涙が出てくる。
「さあ。でも、床に臥せってる時間が多くなってるのは、本当だよ。」
「いや!死ぬなんて言わないで…そんなの、やだ…!」
「じゃあ僕を安心させて。」
「安心て、どうすればいいの…?」
どうせワユさんは夜明け前には砦を出ようとするだろう。今日はそうはさせない。頭は依然としてぐらぐらするし、呼吸も乱れているけれど、スリープの杖くらい振れる。
「ワユさん、今日はゆっくり休んで。」
「え…、キルロイさん、それって……」
「大丈夫だよ。大丈夫。おやすみ。ワユさん。」
「キルロイさん、そん、な……」
腕の中でくたりとしたワユさんの身体をゆっくり隣に寝かせると、ベッドの脇に立てかけてあるライブの杖を取り、そっとかざした。
「ごめんねワユさん。好きだよ、世界で一番大事だよ。」
怪我が治ったのを確認してから、毛布をかぶった。二人ではベッドは狭かったが、ワユさんの頭を胸に抱いたら、そこまで寝苦しくなかった。
「ワユさん、朝だよ。」
「……キルロイさん、ひどいよ~~」
「はは、ごめんね。寝苦しかった?」
「そういうことじゃなくって…、はあ…」
「朝ご飯を食べに行こうか。」
朝起きても、ワユさんが腕の中にちゃんといたのが嬉しくて、僕は機嫌が良かった。ため息ばかりのワユさんの手を引いて、部屋を出ると、開いた戸に何かがぶつかった。
「あれ、ミスト?」
「きゃー!ごめん!言わないよ!誰にも!」
見つかってしまったか。でも特に焦ったりはしなかったし、恥ずかしくもなかった。しょうがないか、それだけ。でもワユさんは違うようで、すごい剣幕で否定をし始めた。