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【けいおん!続編】 水の螺旋 (第五章) ・上

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(第五章 / アクティブ・イン・ザ・コード)

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 夢の世界にも風は吹くらしい。
 ただし、現実世界のように、大気の密度の局所的な違い、即ち気圧の差によって起こるのではない。ココの世界での風の要因は、大気ではなく人の感情だ。密に集まった人の感情が、疎になっている方へ動いてゆく。それが夢の世界で風が起こる原因だ。起きている時は目に見えない人の心だが、夢の世界ではこのような形で見ることができる。
 唯は心がもたらす風を受けながら通りを歩いていた。あまりいい感情じゃないな、と思った。何度も夢を通じて精神世界に入り込んでいる唯には、風を受けるだけでその人が抱いていた感情がプラスなものかマイナスなものか、勘で分かるようになっていた。今受けた風は、嫉妬のこもったウェットさを感じたし、怒りのこもった荒々しさも感じた。投げやりな風だ。もっとも、この世界で受けた風を、気分のいいものに感じたことは少ない。
 唯は角を曲がった。そこに、凜の姿があった。
「やっと来たか。遅いぞ」
「だって、なかなか寝つけなかったんだもん」
「カフェで話をしたとき、コーヒーなんか飲むからだ。カフェインの効果で寝つけないのは当たり前だ。馬鹿じゃないのか」
「…だって、カフェといったらコーヒーでしょ」
 唯は口を尖らせた。
「まあいい。さっさと行くぞ」
 凜は歩き出した。唯はふくれっ面を残したまま凜について行く。
 しばらく歩くと、途中で道も辺りの風景も途切れた真っ暗な空間へ出た。凜は躊躇なく、その暗闇の世界へ足を伸ばし、なおも歩いてゆく。唯もそれに続いた。暗闇に入った瞬間、世界は本当に真っ暗に包まれた。後ろを振り返ると、先ほどまでの風景が見えているが、歩を進めるにつれ、徐々に小さくなってゆく。今や、はっきりと見えるのは、凜の後ろ姿だけだ。後はすべて黒で埋め尽くされている。
「唯、この暗闇ではぐれるな」
 凜はこちらを振り返ることもなく、そう云った。唯は「えっ」と返した。
「ここは自分の夢と他人の夢との境目。つまり、何も存在しない空間だ。ココで出口を見失えば、おそらく二度ともとの世界には戻れなくなるぞ」
 唯は驚いた表情で「ふぇぇ」と気の抜けた声を出した。凜はここで、ようやく唯を振り返った。
「僕の云ったことが分かったか?」
「えっ、うん。どうして?」
「あまりに間の抜けた返しをするからさ。そんな気でいて、本当に迷っても知らないぜ」
 唯はムッとした顔をした。
「大丈夫だよ。迷ったりなんか絶対しないよーだ。フンスッ」
 凜は再び前に向き直った。後はふたりとも何も話さず、ただ黙々と歩いていた。やがて、彼方に小さな光が見えた。歩を進めるにつれ、その光は徐々に大きくなり、やがてふたりは暗闇の世界から抜け出した。
 色彩に乏しい世界だった。黄土色の土地や岩で辺りは埋め尽くされ、目の前には琥珀色の海がある。ここがふたりの目的地だった。コスモライフ教幹部・二葉 繁の夢の世界だ。
「…こんな光景、前にも見たことがある」
 唯は呟いた。
「前にも見た?」と、凜は唯の言葉を反復した。
「うん、夢で」と唯は答えた。
 そう、あれは凜に出会った日の夜に見た。海に立っていたひとりの男が、自分の仲間を含めた多くの人たちを連れて、空のかなたへ消えてしまった夢。その時に見た風景によく似ていた。
 唯にとっては、嬉しくないデジャ・ヴであった。悲しい夢の風景と同じ景色が、よりにもよって二葉の夢の世界で見られたのだ。あの夢は、よくないことが起こる暗示だと考えるのが自然だ。
 唯はあの時に見た夢の内容を凜に話した。
「確かに、唯の夢とここの風景が同じってのは、単なる偶然とは考えにくいな」
凜は落ち着いた様子で云った。
「やっぱりみんなを連れて行こうと考えてるのかな、二葉さんは」
 凜とは対照的に、唯は不安そうな顔をしている。
「それをこれから調べるんだろ。そのためにも私情を交えず客観的になれ。感情ってのは真実の探求には邪魔になる」
「そんなこと無理だよ、感情をもたないなんて。だって、何かを見たり感じたりしたら、絶対に気持ちは動くでしょ。綺麗な絵を見たら綺麗だなと思うし、悲しい映画を見たら悲しい気分になる。そうじゃない?」
 凜は唯の問いには答えず、ただ黙っていた。そして、ゆっくりと歩き出し、辺りを散策し始めた。辺りを見回しながら、聴覚や触感にも神経を働かす。ふいに耳障りな雑音が風に乗ってやって来た。ざわざわという音で、人の話し声とも感じられるが、何を云っているかまではよく分からない。肌にも、じめじめした嫌な空気を感じた。
「唯、どう思う?」
 凜は唯の方を振り返った。唯はまださっきの場所に立っている。
「何してる。早くこっちに来い」
 凜がそう云うと、唯は不服そうな表情を浮かべながらこちらにやって来た。しかし相変わらず、凜は唯の態度には無頓着な様子でこちらまで近くまでやって来た唯に対して、平然と話を続けた。
「どうだ。人の話し声みたいな音が聞こえないか。あと、ココの空気は何だか妙な感じだな」
 唯は手を耳に当てて、風の音に耳を傾ける。さらに、肌でその場の空気を感じた。
「確かに何か云ってるみたいに聞こえる。けど、何を云ってるかまでは分からないな」
「そうか。空気の方は?」
「それは何となく分かった。あんまりいい空気じゃない。というか、かなりマイナスの感情が含まれているなぁ。ただの嫉妬ややきもちというより、憎しみに近い感情というか」
 と、次に唯は「ン?」と声をあげ、顔を前に出して鼻をひくひくさせた。
「どうした?」
「…覚えのあるニオイがする」
「匂いだと?」
「うん。どこかで感じたことのあるニオイ…」
 ここまで云ったところで、ふいに唯ははっとした顔になった。
「そうだ、これ石山教授のニオイだよ!」
 唯にそう云われて、凜もこの場の匂いを少し気にしてみた。確かに云われてみれば、石山教授の近くにいる時に嗅いだことのある匂いが、海風に混じってほのかに感じられる気がする。それにしても、石山教授の生活臭まで嗅ぎ分けられるとは、唯の鼻はどれだけいいのだろうか。
「あれ、でも変だな。このニオイ、普段はそんなことないのに、何だか今日はすごくイヤなニオイに感じる」
 それは凜も感じていることだった。石山教授は中年の中でも割と上の年齢ではあるが、それほど体臭が強いわけではないし、その匂いもそれほど不快に感じたことはない。しかし、この空間に漂ってくる石山教授の匂いは、なぜだかとても不快なものに思えるのだ。
 どういうわけだろうか。凜はその理由を推察してみた。
「…ここは二葉 繁の夢の世界だ」
 凜は呟くように云った。
「うん。だから?」
 凜の言葉に唯が訊き返す。
 コイツ、やっぱり鈍いな。凜は思ったが、あえて口には出さないようにした。
「ここでは二葉の感じているように、僕らにも感じられるということだ。空気からはマイナスな感情が読み取れ、匂いは不快に感じる」
 唯はしばらく考え込んでいたが、やがて「はっ」とした顔をした。
「つまり、二葉さんは石山先生を恨んでいたってこと?」