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Hero-ヒーロー-

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クローゼットの中のただ一点を見つめている。
ドラコは不思議そうに首を傾げた。
この中には別段何も取り立てて珍しいものなど入っていないはずだ。
「……どうしたんだ、ポッター?」
尋ねると相手はそろそろと腕を伸ばし、ハンガーにかかっている一着を掴んだ。
それだけがこの皺くちゃな洋服の中で唯一、専用の洋服カバーがかかっているものだ。

襟に銀狐の毛皮でトリミングされた黒の極上のスーツは、くたびれた洋服の中ではかなり異彩を放っている。
しかもハリーには十分に記憶があるものだ。
「この洋服さ、最後のあの戦いでよく着ていたよね?へぇ……、まだ取っていたんだ。懐かしいなー」
ハリーが思い出したように目を細めると、ドラコも頷いた。
「懐かしいなんて言うな。この服はまだ現役だ」
「現役なの?今でも着るつもりなの?」
しごく真面目そうな顔で相手が頷くのを見て、なんだかハリーは嬉しい気分になってくる。
「もう引退したのかと思ったのに?」
「まだ引退なんかするものか」
その答えは『未だに二人の間柄は敵味方の関係だ』と、はっきりと言われたのと同じ事なのに、ハリーの口元には笑みが浮かんだ。

「しかもこの上にマントまで着ていたよね。こんな感じのフカフカのさ」
手でその分厚さの感じをジェスチャーする。
「似合っていただろ?」
相手の自信に満ち満ちた態度に、ハリーは軽く肩を窄めた。
「フン、どうだか――。だってあの頃はお互いに、もうすっかりいい年したじーさんだったんだよ。それなのに君は最初からずっと、ずぅーっと、着る服が派手だったよ。本当に格好つけすぎ!」
逆にヒーローだったくせに全くイケてなったハリーは、そう相手にケチ付けながらも手触りのいいスーツを珍しそうに触れてみたり、裏地を確かめたりしている。

「そういえば昔さ、黒のレザーの上下のつなぎを着きたことがあったよね。覚えてる?」
手の込んだ作りに感嘆しながら、ふいにハリーが尋ねてきた。
「……ああ、着た記憶があるけど……」
ドラコは顔をしかめて考えこむ。
「あれはかなり昔で、――たしかまだ若造の頃だったような気がするが……、いつだったかな?」
あまりにも昔過ぎて、ドラコははっきりとは思い出せないようだ。

ハリーはすかさず振り向くと、しごく簡単そうに答える。
「僕たちが28歳のときだよ。君は袖口に鋲がグルリと埋め込まれていた細身のスーツで、腰のあたりに重そうな太いシルバーの鎖みたいなベルトを巻いていたんだよ」
「へぇー、そんな細かいことまでよく覚えているな」
ドラコは驚いたように目を見開いた。

「忘れる訳ないじゃないか。だってあのとき僕は、君に殺されかけていたんだもの」
「――本当に?」
ドラコが胡散臭そうに瞳を眇める。
「本当さ!マルフォイは覚えていないかもしれないけど、僕のほうはもう少しで死にそうになったんだもの、絶対に忘れない。君は腰までありそうな大きな剣をめいいっぱい振り回していたじゃないか。重そうなそれを片手で振り回して、僕の剣を真っ二つに折って跳ね飛ばしたんだよ。そのまま岩場の奥まで追い詰められて、思いっきり振り下ろされたんだよ。太い刃先が背中の岩もいっしょに砕いて、僕の額も切り裂いたのに。ものすごい出血で目の前が真っ赤になって気絶しそうになった。でもまた大剣が振り下ろされそうになったから、必死で逃げ出したんだ」

フンと鼻を不満そうに鳴らして、ドラコは口を挟んできた。
「たった一度だけ負けそうになったなんて嘘も大概にしろ。わたしは何度も貴様を追い詰めたぞ。『世紀の大決闘』と呼ばれた戦いだってあったのに、貴様はそれすらも忘れたのか?まったく!」
「ああ、確かに数え切れないくらい戦ったし、今でも語り継がれている名戦もあったけど、アレとコレとは別物だよ。ああいうのは1回だけだったからね」
「――1回だけ。何がだ?」

ハリーは憮然とした表情で自分のひたいの薄くなった前髪をかきあげる。
「ほら、ここに傷があるだろ」
「どこだ?」
老眼のドラコが顔を近づけてくる。
「ココだよ、ここ。眉間の上あたりにあるでしょ」
「ひたいの傷?そんなものはむかしからあったじゃないか」
ハリーはあっさり首を横に振った。
「あのイナズマの印はとっくになくなっているよ。ヴォルデモートを倒したときにいっしょに消えたんだ。せっかく戻った無傷の額にまた君が付けたんだよ」

「……わたしがか?」
ドラコは腑に落ちないようだ。
ハリーはそんな相手の呆気に取られた顔が気に入らない。
「ものすごく痛かった。傷は深く切れ込んでいたから血はボタボタ落ちるし、それが目には流れ込むし、魔法界でも一番の名医に治療してもらっても、止血と化膿止めしかできなかったんだ。あまりにも深くて皮膚の再生もできなくて、また傷が額に残ったんだ、君のせいでね!」
日ごろの恨みが重なり、つい問い詰めるようなきつい口調になってしまった。

しかしドラコは気分を害して怒るどころか、むしろどこかぼんやりとした視線のまま、指先を伸ばしてくる。
細い指先が額に触れた。
ツッと傷の上をなぞっていく。
冷たい指先だった。
節くれてガリガリで肉のひとつも付いていないような指が、ハリーの額に触れてくる。

ドラコは顔を更に寄せると、その傷跡をじっと見詰めて、小さく深い声で「そうか」とだけ告げると、口元に笑みを浮かべた。


作品名:Hero-ヒーロー- 作家名:sabure