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Hero-ヒーロー-

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9章 疑問



未だに聞こえてくる調子っぱずれな鼻歌は、ホグワーツの校歌だ。
背を丸めて一心に箒を磨く姿はあの頃の練習のあと、赤いユニホームのままクィディッチ競技場脇の箒置き場のベンチに腰掛けて、手入れをしている姿と重なる。
楽しそうに口笛を吹きながら、ご機嫌な笑顔で自分の箒にワックスをかけている姿をよく見かけたものだ。

戸口近くに立てかけられているファイアボルトは、黒々とした艶やかな色を帯び、箒の先は一本の乱れがないほど綺麗にブラッシングしてあった。
いくつになっても箒好きなのはそのままで、一生変わらないらしい。
ドラコはその完璧に仕上げられている箒をじっと見詰めて頷き、そのまま視線をずらし、箒の持ち主を見詰める。
途端に「はぁー……」と、ため息が漏れた。

なぜ箒の手入れはきっちりと仕上げを怠らないというのに、当の自分自身のコンディション作りがまったく出来ていないなんて信じられない。
眉を寄せつつ、ハリーの80歳を過ぎてもよく言えば恰幅がいい、どっしりとした腰周りを見て、首を横に振った。
いい加減たちの悪い冗談のような体型を見るにつけ、嘆かわしい気分のままに、また苦言が出そうになる。
まさかあの最後に戦ったあとの20年後に、こんな体格になっているなんて思ってもしなかった。

段々と年を取るに従い、お互いに髪に白いものが混じり、シワが深くなり、腰にくる重い重量級の武器は持たなくなっていたけれど、魔法力の強さも動きの機敏さもワザを繰り出す正確さも、誰にも引けを取っていないことを見せ付けるように、自ら進んで戦いの先頭に立ってばかりいた。
「何もあなたが戦いの最前線に出なくても」と年齢を重ねるごとに、引退をほのめかされたけれど徹底的に無視した。
60歳を過ぎても、いつも自分たちの戦いは一対一の、死を覚悟した真剣勝負だった。
刃と刃をぶつけ、火花を散らしてぶつかり合ったというのに、まったく、今のみっともないハリーの姿ときたら……。

たまらず唇をギュッと結ぶとドラコはツカツカと歩み寄り、いきなりゴンと相手の頭を叩いた。
「痛い!!」
全く予期していなかったのか情けない悲鳴が上がり、弾みで持っていた箒を取り落としそうになり、慌ててそれの柄をしっかりと握りこむ。
ニンバスを胸に抱えるとホッとため息をつきつつ、相手に食ってかかった。
「いったい何するんだよ、マルフォイ!断りもなく、突然殴ってくるって卑怯だぞ。そんなに僕が君の箒の手入れをするのが嫌なの?」
怒りにハリーのつるりとした広すぎるおでこが赤くなった。

その言葉に、ハッとドラコは息を呑む。
でっぷりとした体型のことばかりに気を取られていたので、相手が箒の手入れをしてくれていたことをすっかり忘れ去っていた。
「……いや、あの……、その―――」
謝るなんて自分のプライドが許さなくて、口元で小さく言葉を濁し、きょときょとと視線を動かして話をごまかそうとする。

ハリーはそんな相手の態度に、余計不機嫌になってきた。
「いったい何?つじつまの合わない行動をして、敵だった僕なら気分次第で殴ってもいい法律なんか一切ないからね。意味なく殴ってくるなんて、もしかして君、ボケた?」
かなり棘がある言い回しに、ドラコもカチンときた。
また拳をグーに握り、勢いのまま殴りかかってしまいそうになり、(いやいやダメだ。落ち着け自分)と己の短気さを叱咤しそれを静めようとする。

殴るのはダメだけど、言われっぱなしなのも腹が立った。ムカムカする。
「貴様が太ってみっともないからだ」
そう啖呵を切ると、すかさずハリーが言い返してきた。
「何、またその話なの?だから太ったのは君のせいでもあるんだから。君がずっと姿を現さないから、することがなくなってしまってゴロゴロしていて太ったんだ」
「人のせいにするなっ!」

「ああ、人のせいにするさ。するともさ!最初っからこの戦いは君が仕掛けてきたことじゃないか。僕はヴォルデモートを倒したあと、そのまま表舞台から引退するつもりだったのに、君が勝手に弔い合戦を仕掛けてきたから、引っ込みがつかなかったんだ。あれからもう何年も何十年も戦い続けていたんだぞ。ヴォルデモートなんかより、君との争いのほうが長いんだよ、確実に。それなのに最後にはさっさといなくなって、僕だけが舞台に取り残された気分だったよ。相手を倒しての圧倒的な勝利じゃないから、誰も微妙な顔で僕を見るし、僕は僕で振り上げた拳を下ろすに下ろせず、途方に暮れたよ。だからあの最後の戦いのとき、ちゃんと引退することを言ってくれれば―――」

「引退なんかするものか!」
「ふん!20年も姿をくらませていたくせに、何を今更」
そう言い捨てると、ドラコは怒りにまかせて相手の胸倉を掴み、激しくゆさぶった。
細い骨ばかりのからだのどこにそんな力が残っていたのかと驚くほどの強さだ。
首をほとんど締め上げるほど、相手に食ってかかる。
「わたしは引退なんかしない。絶対にしない。ずっと戦い続けるんだ。バカにするな。わたしは負けないんだ。貴様に頭など下げるか。落ちぶれちゃいない。絶対にだ」
青くて深い瞳はどこまでも真剣だった。

それはいったいどこから来ているのか分からず、ハリーも相手の瞳を覗き込み、まじまじと見詰め返した。


                ■続く■

作品名:Hero-ヒーロー- 作家名:sabure