ウォルターのいたずら
「ウォルター?」
ウォルターはのばしていた手を、ゆっくりとそれと知られぬようにそっと引っ込めた。
「おはよ、アンディ」
「何してんの?」
すっと目が細められる。にらまれて、ウォルターはごまかし笑いを浮かべた。
「目ぇ覚めたか?」
「何の用?」
追及がやまない。ウォルターは『いやいや』と両手を前に突き出して横に振って、上から退いた。アンディが追いかけるように上半身を起こし、乱れた髪の間からウォルターを見据える。起き上がる際にするりと眼帯が落ちて、大きなふたつの目がじっと視線を注ぐ。
これはごまかし笑いではきかないと判断して、ウォルターは正直に当初の目的を話した。
「おまえが帰ってきてるってカルロに聞いてさ。たまには一緒に何かして遊ぼうと思って、起きんの待ってた」
もちろん、それは当初の目的であって、寝ているアンディを見て目的が少し変わったことは内緒だ。それなのに、アンディの目が疑うように細くなる。
「……本当に、『待ってた』の?」
『あれ?』とウォルターは首を傾げる。
「……もしかして、アンディ起きてた?」
アンディの目がいっそう据わる。
「本当に、何してたのさ、ウォルター」
「まだしてねぇよ」
平然とそう返すと、アンディがふうと大きなため息を吐いた。そしてつぶやく。
「寝れない……」
「まぁまぁ」
それをニヤニヤして肩を叩いてなだめる。
アンディはうつむいて、憮然として身を起こす際に落ちた眼帯を見つめていたが、やがてそれを手に取り、付け直すと、改めてウォルターの顔をじっと見た。
「……何か殺気みたいなものを感じた……」
「えっ」
ぼそりと出された言葉に、ウォルターは衝撃を受ける。
殺気を感じて起きたってか。っていうか、それは殺気ではない。そんなつもりはない。
「何か嫌な気配がした……」
続けて言われた言葉に、『あー……』と納得する。それならわかる。顔に落書きしようかのアレだ。ウォルターはニヤついた。
「いや? 何もしてねぇよ。鏡を見たほうがいいようなことなんかはさ」
「……」
アンディが『ええー』と口を開けてぽかんとする。上目遣いにウォルターを見つめる。それを見て、ウォルターはなんとなく満足する。
もそもそとベッドから降りてどこかへ行こうとするアンディに、ウォルターは親指を立てて、部屋の扉を示した。
「ダリぃけど、まずはなんか食いに行こうぜ。アンディ、飯まだだろ」
断られるかと思ったら、振り向いたアンディは、こっくんとうなずいた。
「ん」
たぶん、本当に腹が減っているのだろう、まっすぐにてくてくと歩いていく。扉に向かって。
『おいおい、顔の確認は? いいのか?』とウォルターは呆気にとられて、その背中を見つめる。
本当にいたずらされていたらどうするつもりなんだか。
そのマイペースっぷりにプッとふき出し、置いていかれそうになっていることに気付いて、ウォルターはおおいに慌てた。
「待てよ!」
(おしまい)
作品名:ウォルターのいたずら 作家名:野村弥広