ウォルターのいたずら
アンディの部屋の扉の前に立ち、ウォルターはノックをしようと手をあげた状態で、そのまま止まる。少し考え、結局ノックをせずにドアノブを握った。
ガチャッ。
「よぉ、アンディ……っと」
扉を開け、遠慮なく室内に踏み込みながら、ぐるりと見回し、部屋の主の姿をさがして、見つけたとたん、言葉を失った。
いや、声を消した。
そこには、ごろりとベッドの上で仰向けになったアンディの姿。
まさか寝てるとは……とウォルターはぽりぽりと後ろ頭をかく。そうくるか、と。
では、いったい何をしていると思っていたのかと問われると、答えにくい相手ではあるけれど。
せっかく驚かそうとノックもしなかったのに。
とび起きる様子もない。
すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。
ウォルターはひとつ息を吐いて、ベッドに近づいた。
疲れているのだろう、無理に起こす気はない。
なら、何故近づいたのかというと……単純な好奇心からだった。
ベッドの横に立ち、ひょいっと上から覗きこむ。
帰ってきてからほとんど何もせず、倒れこむようにして眠ったのだろうか。
上に何もかけず、さすがにコートは脱いでいるものの、普段の服装で、眼帯もしたままだった。それは、もしかしたらいつもそうなのかもしれないけれど。
あどけない寝顔。
仰向けになっているために、しなやかな淡い金色の髪がさらりと枕にこぼれて、柔らかな曲線を描く頬があらわになっている。短い前髪も乱れて、白い額がのぞいていた。その下の大きな瞳も今は閉じられていて、キリッとした眉毛も今は力が抜けてやさしげで……。
まるで、ただのこどもに見える。
とても四番目の執行人、『片目の首狩屋』と称される人物とは思えない。
何も関係がない、普通の少年のよう。
それでも、黒い眼帯がわずかにずれていて、その下の目元には……。
まあ、自分たちには、今の方が特別なのだから。
あわてて感傷を心の内でそうやって振り払う。
常に気を抜くわけにはいかない仕事だし。今は休みだし。余計なことは考えなくていい。
ウォルターは改めて寝顔を眺める。
「それにしても、無防備に寝てくれちゃって、まあ……」
思わずつぶやきが口からもれる。
アンディは実に気持ちよさそうにすやすやと寝入っていた。
遊ぼうと思って誘いに来たウォルターには、なんだか放っておかれているようで面白くない。これ以上ない勝手な言い分なのだが。どうせここまで自分勝手なのだから、いっそ自分のわがままで起こしてしまえばいい。そうは思うものの、相手があんまりにも気持ちよさそうに眠っていて、そしてそれほどに無防備で。起こすことが『もったいない』とさえ思えてしまう。
ここでウォルターが考えたのが『さぁて、どうやって遊んでやろうかな』だった。
そして、そう思って、寝顔をじっくりと眺める。
すると、外れかけた眼帯が気になる。
親切心で外して横に置いといてやろうかな、などと思う。
そう、そしてついでに、こういういたずらの定番……顔に落書きでも、そう思ってスッと手をのばした。
そのとたん。
アンディの目が開く。
ぼんやりとして、ゆっくりと瞬きをするアンディ。
その目の焦点が、ウォルターに合った。
作品名:ウォルターのいたずら 作家名:野村弥広