二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

泡沫の恋 後編

INDEX|1ページ/10ページ|

次のページ
 

 白い寝台の上で静雄は眠っている。
 頭にはもっと白い包帯。眠る静雄の顔色も負けないくらい白い。
 結果を言えば、静雄は生きている。
 静雄の頑丈な身体は、大した怪我もしなかったのだ。
 けれど。

「・・・脳に与えられたダメージはちょっと深刻だね」

 新羅の言葉を、臨也は黙って聞いていた。
 先ほどまで幸せそうに笑っていた人間に告げるには酷な言葉だとは思う。
 けれど新羅は医者だったから、たとえそれが非合法であれ、人の命を背負うものであったから。
 私情を捨てて、臨也に告げる。

「端的にいえば、今現在静雄はいわゆる脳死状態、に近い」

 臨也は顔を上げない。ただ静雄を見つめている。
 聞こえていないわけがない。けれど、それを身体全体で拒否していた。
 まるで自分が認めたら、真実になってしまうとでも言うように。

「臨也、よく聞いて」

 新羅が肩に手を置くと、臨也はゆっくりと新羅を見上げる。
 こんなに弱々しいこの男を見るのは初めてだな、と新羅は思う。
 どれだけ臨也の中で静雄の存在が大きかったのか、それを失うというのはどういうことか。
 新羅は今、それを実感している。きっと静雄がいなければ臨也もいなくなってしまう。それがわかった。
 だからこそ。新羅は新羅にしかできないことを、しなければならない。

「臨也にしか、できないことがある」

 臨也は新羅を見つめる。何? と問いかけているのが分かった。
 何でも言いなよ、それが俺にできることなら、俺は何でもする。どんなことでも、どんな手段を使っても。
 PDAも何も使わない臨也の言葉は、それでも新羅には伝わった。
 新羅は臨也の顔を覗き込んで、それから言った。

「静雄を、呼んで」

 キミの声で、と新羅は続ける。
 キミが呼びかければ、静雄は目を覚ますかもしれない。
 一番つながりの深いキミにしかそれはできないことだから。
 臨也は新羅を睨みつけた。
 それができないのは、新羅が一番わかっているはずだった。
 臨也の声を奪ったのは、ほかならぬ新羅なのだから。
 その声を失ったがゆえに、臨也はひとときの幸福と、果てしない絶望を手に入れた。
 声を失わなければ、静雄を失うことはなかったのに。あのとき、呼びかけることさえできていれば。一言、でも。
 けれど声を失わなければ、ひとときの幸福も手に入らなかっただろう。
 平行線のまま、いつまでもふたりぼっちのままで。触れあうことも受け入れることもなく、ただそこにいるだけ。
 だからこそ臨也は今、どうしようもない感情に苦しめられている。
 どうしようもない気持をもてあまして、だからこそ現状を受け入れずにいる。
 そんな臨也に、新羅は言葉を続けた。

「臨也、キミの声は本当は出るんだ」

 騙してごめん、と新羅が呟く。
 瞬間、理解できない衝動を感じて臨也は立ちあがった。 
 怒りとか悲しみとかそういう黒いものが自分を突き動かした。けれど。
 今はそれよりも、この話を聞かなければ。そう思った。
 何でもする、静雄の目が覚めるのならば。そう言ったのは自分なのだから。

「君が来る前に、静雄から電話があったって、たしか僕は言ったよね」
「・・・・・・」

 臨也は小さく頷く。話を先に進めろと促すように。
 新羅はそのままあの日の会話を臨也に語った。
 静雄は言ったのだ。
 臨也の、声を出なくするにはどうしたらいいのか。
 身体に傷をつけることなく、できたら本当に声を奪うのでもなく。
 ただ、彼から『言葉』を取り上げてほしい、と。

「あの日僕はキミにコーヒーを出した」

 これから手術を、しかも喉の手術をしようというのに、飲み物なんか普通は出さない。
 いつものキミだったら違和感に気づいたかもしれない。けれど、あの日は特別だった、そうだろう?
 僕はね、そのコーヒーに少し細工をしたんだ。
 新羅はそこまで言うと臨也を見た。臨也は大体話が見えた、という顔をしている。

「そう、キミが思っている通りだ。キミのそれは、一種の催眠状態に近い」

 声が、言葉があるから、静雄に好かれない。新羅は、そう感じている臨也の潜在意識を利用した。
 半分は自己暗示だ。新羅はそれを手助けしたにすぎない。強固に、何重にもロックをかけて。臨也の『言葉』を、封じたのだ。
 だから臨也は、静雄と二人の時はPDAすら使わなかった。無意識にわかっていたのだ、言葉を使ってはいけないと。
 言葉を使えば、魔法は解けてしまうから。

「だから臨也、キミの声は出るよ。喉を潰そうと思ったら、傷跡を残さないなんて無理だ」

 キミも少しは不審に思っていただろう? 新羅は尋ねる。臨也は俯いた。
 少しはおかしいと思っていた、けれど。
 そんなことどうでもよかったのだ。静雄と、ともにいることが大切だったから。
 声が本当に出るのかどうかなんて、些細なことだったのだ。あの瞬間までは。

「さあ、臨也。静雄を呼んで。キミになら起こせると思う」

 キミが起こせなければ、他の誰にも無理だよ。
 新羅は臨也を励ますように、そっと笑って、それから言った。

『魔法の時間は、もう終わりだよ』

 それが、キーワードだった。
 もし、二人の仲がうまくいかなければ。
 相手を負担に思うようなことがあれば。
 また、傷つけ合う関係に戻るようなことがあれば。
 臨也がすぐにでも『言葉』を取り戻せるように。
 そうしてすべてを終わりにすることができるように。
 あらかじめ決めておいた、魔法の呪文。
 それの言葉の使用を、静雄は新羅に任せていた。その瞬間は、おまえが決めてくれ、と。
 だからもし万が一、二人の間に言葉が介在しても穏やかに過ごせるような日が来るようなことがあれば。
 その時に使おうと、新羅は決めていた。
 こんなに早く使うことになるとは夢にも思っていなかった。

 ・・・いいよね、静雄。

 今が使う時だと新羅には分かっていた。
 そのキーワードを耳にした臨也は静雄の耳元に行くと、言葉を紡ぐ。
 しばらく使っていない喉は、声がかすれて言葉にならなかった。
 けれどそれでも、臨也は呼び続ける。強く。強く。
 声にならなくても、言葉になっていなくても、静雄は臨也が何を伝えたいかわかってくれた。
 なら、今、ここで、この言葉が、届かないはずがない。

「シズちゃん、起きて。シズちゃん・・・!」

 ぱちり、と。静雄が目を開いた。
 いつかの臨也のように、それが魔法の呪文だったかのように。
 静雄の柔らかな茶色の瞳に、徐々に意思の光が戻る。

「・・・?・・・なんだ・・・俺、」
「・・・シズちゃん」

 混乱した声を上げた静雄が、臨也の声を聞いて、そちらを向いた。
 それからその顔に浮かぶのは笑顔ではなく。

「・・・手前の仕業か」

 不審と不信にまみれた冷たい言葉。ついこの間までの日常だった、その声。
 臨也は動けなかった。新羅も動けない。何も言えない。何を言えるというのか。今、この状況に。
 先ほどまで昏睡状態だったとは思えないような力強さで、静雄は身体を起こした。
 それから、動けずにいる臨也に向って吐き捨てる。

「もう俺の前に姿を見せんな。消えろ」
作品名:泡沫の恋 後編 作家名:774