ハート・ラビリンス
*
ソファの上にはハート型のクッションが置かれ、床のタイルはピンクと黒で彩られたダイヤ模様。二人がけの黒いテーブルの形はスペードで、壁紙には細かく散りばめられたクローバーが舞っている。
見事なトランプの柄で埋め尽くされている室内は、果たして誰の趣味なのか。ルフィは思わずといった具合に、半円ドーム型の天井を振り仰いでいた。
この部屋の窓はすべて丸い形をしており、ガラスの部分には十字にクロスされた木枠がはめ込まれてあった。しっかりと窓枠に打ち付けてあるので、開閉はできそうにもない。
ルフィの背後からは、カチャカチャという陶器が重なり合う音が響いている。そこには男が一人いた。彼は自分のことを「管理人」だと、ルフィに名乗ってあった。
「すっげー、部屋だなー」
「麦わら屋、クッキー食べるか?」
「食う!」
男の声にルフィは勢いよく振り返り、スペードを模したテーブルに向かって走り、席に着いた。
白い皿は四辺の長さが同じダイヤで、その上に載せられていたクッキーの形は、クッションと同じハート型。
ここはなんでもトランプの形をしているのだろうか。もっとも、腹の中へ入れてしまえば、ハートもクローバーも同じだけれども──。
ルフィは製作者が聞いたら怒りそうなことを考えながら、クッキーを一つ手にとって食べた。
「うめ〜〜!」
「早ぇな。まだ紅茶が入ってねぇのに……」
管理人の男は、ルフィのせっかちさを笑い、懐中時計を取り出して時間を見ながら、ポットの中の茶葉が開くのを待っている。
そんな細かい作業を尻目に、ルフィの手はバクバクとクッキーだけを消費していった。
「紅茶が入る前に、茶菓子のほうが切れちまいそうだな」
「もっとくれ」
「……ずいぶんと遠慮のねぇ客が来たもんだ」
フフッ、と可笑しそうに笑った男は、ようやく仕上がったポットを手にして、二人分のカップへとそれぞれ中身を注いでいく。
白いカップの形はごく普通だった。てっきりトランプのマークのどれかだと思っていたルフィの予想は外れる。8割ほどが赤い液体で満たされると、男はポットをテーブルの上に置き、今度はそばにあったシュガーとミルクをとってルフィに聞いてきた。
「砂糖とミルクは?」
「一個ずつ」
「ん。……ほらよ」
「サンキュー」
何から何までやってもらった紅茶を受け取り、ルフィはそうっとカップの淵に唇をつける。
「あちっ」
「麦わら屋は猫舌か? ゆっくり飲みなよ、時間はまだたっぷりあるんだから」
男は自分のカップにもルフィと同じだけの砂糖とミルクを加えてから、中身をスプーンでかき回していた。
「時間……」
フー、と紅茶に息を吹きかけていたルフィは、ふと、男の言葉に何かが引っかかった気がして顔をあげた。
「……あっ! そうだ、おれ、こんなにのんびりしている場合じゃねぇんだよ!」
やや慌てたようにカップをソーサーに戻せば、ガチャッと大きな音が上がる。こちらを面白そうに眺めてくる男に向けて、ルフィは大声で聞いた。
「つーか、ここはどこなんだ!? そして、お前は誰なんだ!?」
どん、と。効果音を響かせるような錯覚を抱かせるくらい堂々と聞いてきたルフィに対し、男は持っていたカップをソーサーに戻してから、可笑しそうに身体を揺らしていた。
「……ハハッ、茶菓子を食って、紅茶を飲んだあとに聞いてくる台詞じゃねぇよ。……面白れぇなぁ、麦わら屋は」
クスクス笑い続ける男に焦れて、ルフィは思い切りよく立ち上がって言った。
「こらっ! 聞いてんだよ、おれは!」
バンバンと、スペードを模したテーブルを叩く。
「フフッ、まぁ、落ち着きなよ。質問に答えないとは言ってないだろ? ……さっきも言ったけど、ここはおれが管理する『部屋(ROOM)』。それから、おれの名前は『ロー』だ、麦わら屋」
「おう、そうか。おれは……」
「ああ、いいよ。名前は聞かないでおく」
名乗ってくれたことに対し自分もと思ったルフィを、ローは片手をあげて制してくる。
「なんで?」
「……たぶん、あと数時間の付き合いで終わるからさ」
よく分からないことを言ったローに、ルフィは無言で首をかしげた。
「そのときが来れば分かるよ」
またさらに意味の分からないことをローは言ったけれど、ルフィは話が脱線していく前に、きちんと目的を思い出していた。
「お前が管理しているんなら、どこから出て行けばいいか分かるだろ? おれ、皆のところに帰らなきゃならねぇんだよ。出口はどこだ? 教えてくれ!」
ぐるりとあたりを見渡してみたけれど、この部屋には何故だか、ドアらしきものがないのだ。窓は前述したとおり木枠にしっかりとはめ込まれてある。そうなるといったいどこから出て行けばいいのか。ルフィには見当もつかないのだった。
ローはゆっくりと紅茶を一口含んでから、質問の答えとは違うことを聞いてきた。
「麦わら屋。『皆』って、誰のことだ?」
「ん? 皆は、おれの仲間たちのことだ。海賊やってんだ、おれたち」
「……海賊。へぇ、お前が……」
「海賊王を目指してグランドラインを旅しているんだけど……、さっき立ち寄った島で冒険してたら、道の真ん中にクッキーが落ちてて……」
ルフィはハート型のクッキーを指差してローに話しながら、事の経緯のすべてを思い起こしていた。
ソファの上にはハート型のクッションが置かれ、床のタイルはピンクと黒で彩られたダイヤ模様。二人がけの黒いテーブルの形はスペードで、壁紙には細かく散りばめられたクローバーが舞っている。
見事なトランプの柄で埋め尽くされている室内は、果たして誰の趣味なのか。ルフィは思わずといった具合に、半円ドーム型の天井を振り仰いでいた。
この部屋の窓はすべて丸い形をしており、ガラスの部分には十字にクロスされた木枠がはめ込まれてあった。しっかりと窓枠に打ち付けてあるので、開閉はできそうにもない。
ルフィの背後からは、カチャカチャという陶器が重なり合う音が響いている。そこには男が一人いた。彼は自分のことを「管理人」だと、ルフィに名乗ってあった。
「すっげー、部屋だなー」
「麦わら屋、クッキー食べるか?」
「食う!」
男の声にルフィは勢いよく振り返り、スペードを模したテーブルに向かって走り、席に着いた。
白い皿は四辺の長さが同じダイヤで、その上に載せられていたクッキーの形は、クッションと同じハート型。
ここはなんでもトランプの形をしているのだろうか。もっとも、腹の中へ入れてしまえば、ハートもクローバーも同じだけれども──。
ルフィは製作者が聞いたら怒りそうなことを考えながら、クッキーを一つ手にとって食べた。
「うめ〜〜!」
「早ぇな。まだ紅茶が入ってねぇのに……」
管理人の男は、ルフィのせっかちさを笑い、懐中時計を取り出して時間を見ながら、ポットの中の茶葉が開くのを待っている。
そんな細かい作業を尻目に、ルフィの手はバクバクとクッキーだけを消費していった。
「紅茶が入る前に、茶菓子のほうが切れちまいそうだな」
「もっとくれ」
「……ずいぶんと遠慮のねぇ客が来たもんだ」
フフッ、と可笑しそうに笑った男は、ようやく仕上がったポットを手にして、二人分のカップへとそれぞれ中身を注いでいく。
白いカップの形はごく普通だった。てっきりトランプのマークのどれかだと思っていたルフィの予想は外れる。8割ほどが赤い液体で満たされると、男はポットをテーブルの上に置き、今度はそばにあったシュガーとミルクをとってルフィに聞いてきた。
「砂糖とミルクは?」
「一個ずつ」
「ん。……ほらよ」
「サンキュー」
何から何までやってもらった紅茶を受け取り、ルフィはそうっとカップの淵に唇をつける。
「あちっ」
「麦わら屋は猫舌か? ゆっくり飲みなよ、時間はまだたっぷりあるんだから」
男は自分のカップにもルフィと同じだけの砂糖とミルクを加えてから、中身をスプーンでかき回していた。
「時間……」
フー、と紅茶に息を吹きかけていたルフィは、ふと、男の言葉に何かが引っかかった気がして顔をあげた。
「……あっ! そうだ、おれ、こんなにのんびりしている場合じゃねぇんだよ!」
やや慌てたようにカップをソーサーに戻せば、ガチャッと大きな音が上がる。こちらを面白そうに眺めてくる男に向けて、ルフィは大声で聞いた。
「つーか、ここはどこなんだ!? そして、お前は誰なんだ!?」
どん、と。効果音を響かせるような錯覚を抱かせるくらい堂々と聞いてきたルフィに対し、男は持っていたカップをソーサーに戻してから、可笑しそうに身体を揺らしていた。
「……ハハッ、茶菓子を食って、紅茶を飲んだあとに聞いてくる台詞じゃねぇよ。……面白れぇなぁ、麦わら屋は」
クスクス笑い続ける男に焦れて、ルフィは思い切りよく立ち上がって言った。
「こらっ! 聞いてんだよ、おれは!」
バンバンと、スペードを模したテーブルを叩く。
「フフッ、まぁ、落ち着きなよ。質問に答えないとは言ってないだろ? ……さっきも言ったけど、ここはおれが管理する『部屋(ROOM)』。それから、おれの名前は『ロー』だ、麦わら屋」
「おう、そうか。おれは……」
「ああ、いいよ。名前は聞かないでおく」
名乗ってくれたことに対し自分もと思ったルフィを、ローは片手をあげて制してくる。
「なんで?」
「……たぶん、あと数時間の付き合いで終わるからさ」
よく分からないことを言ったローに、ルフィは無言で首をかしげた。
「そのときが来れば分かるよ」
またさらに意味の分からないことをローは言ったけれど、ルフィは話が脱線していく前に、きちんと目的を思い出していた。
「お前が管理しているんなら、どこから出て行けばいいか分かるだろ? おれ、皆のところに帰らなきゃならねぇんだよ。出口はどこだ? 教えてくれ!」
ぐるりとあたりを見渡してみたけれど、この部屋には何故だか、ドアらしきものがないのだ。窓は前述したとおり木枠にしっかりとはめ込まれてある。そうなるといったいどこから出て行けばいいのか。ルフィには見当もつかないのだった。
ローはゆっくりと紅茶を一口含んでから、質問の答えとは違うことを聞いてきた。
「麦わら屋。『皆』って、誰のことだ?」
「ん? 皆は、おれの仲間たちのことだ。海賊やってんだ、おれたち」
「……海賊。へぇ、お前が……」
「海賊王を目指してグランドラインを旅しているんだけど……、さっき立ち寄った島で冒険してたら、道の真ん中にクッキーが落ちてて……」
ルフィはハート型のクッキーを指差してローに話しながら、事の経緯のすべてを思い起こしていた。