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ハート・ラビリンス

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「麦わら屋。一つだけ約束してくれ」
「なんだ?」
「第一に優先させるのは仲間の命。これは絶対だ。おれのことは最後でいい」
「分かった」
 不真面目さの欠片もないルフィの声に、ローもひとまず信用することにした。あまり、当てにならない感じではあるが──。
「じゃあ、城に乗り込むけれど、とりあえず麦わら屋は『献上品』ってことになっているからな。最初はおとなしくしてろよ」
「……うーん。どうせ喧嘩しに行くんだし、面倒くせぇことしねぇで、ガンガン殴っていけばいいんじゃねぇ?」
「早速、おれとの約束は無視かよ」
 ガンガン殴りこむテロリストの中にローも混じっていては、人質の命なんて見捨てたのと同じことだ。いくらなんでも賛同しかねる。
「だから、こうすりゃいいんだよ」
「えっ? うわっ、なんだぁ……?」
 グルグル〜っと伸びて、ローの身体に巻きつけられたものは、見間違いでなければルフィの腕。ギュッと絡み付いて、ヒョイッと抱えあげられた。
「……お前」
「おれはゴム人間なんだ! なぁ、お前はおれの人質になれ。それなら、女王を裏切ることにはなんねぇだろ?」
 しししし、とルフィは笑っている。
 この男は本当に怖いな、とローは改めて思った。
「まだなんか文句はあるか?」
「ねぇよ。もうお前の好きにしろよ、麦わら屋」
「おう!」
 柔らかいゴムの腕に拘束される身の上は、それまでと変わらないはずなのに、その先にはちゃんと希望が見えるのだ。
 出口のない迷宮とは違う。光が差し込む場所に向かって走っているような安心感は、この麦わらの男がくれたものだった。
「……あっ、そうだ! おれまだ、お前に言ってねぇことがあった!」
 城へと走っていく途中で、ルフィはふと、思い出したように叫んだ。
「なんだよ?」
「あのな、おれの名前、ルフィって言うんだ! モンキー・D・ルフィな、よろしく!」
 そういえば、名前はまだ聞いていなかったなと、ローも今更思い出していた。
 あのときは数時間もすればルフィは部屋から出て行くか、もしくはここで一生を下僕として暮らすことになるかの、どちらかだと思っていた。
 それが、現在はこんな状況になっているのだから、予想もしなかった展開に、思わず苦笑がもれた。
「もう、『麦わら屋』で慣れちまったな……」
「呼び方はなんでも構わねぇよ」
 ルフィは特に気にする風でもなく、スタスタと走り続けている。
 もう城門は目と鼻の先だ。解放と自由に湧く心が、その瞬間の訪れを待っている。
 上手くいっても、いかなくても。運命はすでに預けてあるから、不思議なほど胆も据わっていた。
「女王がいる謁見の間は、正門から真っ直ぐ進んでいって左だ」
「分かった! いくぞ、ゴムゴムのー……」
 ググッと伸びていくゴムの身体を武器にして、ルフィは本当に真っ直ぐ突き進んでいった。
 その思い切りのよさと、躊躇いのなさは、ローの中から長いこと奪われていたものが戻ってきたような、心地よさがあった。
「麦わら屋」
「んー? なんだぁ?」
 ドカン、バキィ、と様々なものが吹き飛ばされていく中で、ローはまるで日常会話をするかのように、普通に話しかけた。
「──全部終わったら、何が食いたい?」
「肉ーーっ! あ、でも、クッキーでもいいぞ! ハートのやつ!」
 気でも遣ったのか、そんなことを言ったルフィに、ローはクスクスと笑う。
「いいぞ。両方作ってやる」
「本当かぁ! やったぁ!」
 俄然、やる気を増したルフィにとって、肉という単語はドーピング効果もあるようだ。


 あの部屋で客をもてなす意味など、本当はないに等しくて。行きずりの関係で終わればそれでいいと思っていた。
 ルフィが来るまでは──。
 ローは初めて、役割でも仕事でもなく本心から、紅茶とクッキーを振舞いたいと思う相手と出会った。
 すべてが元通りになったら、まずは仲間から肉料理のレシピでも借りようかと、喧騒の最中だというのにローはそんなことを考えていた。


 おしまい
作品名:ハート・ラビリンス 作家名:ハルコ