ハート・ラビリンス
*
「しっかし、悪い奴だなー。その女王って奴」
部屋の鍵を開けた先は、ルフィが最初に目にした森の一角に繋がっていた。
「あんな怪しいクッキーを、本当によく食ったなぁ、お前」
枯れ井戸のそばに置かれてあったクッキーは、ローが客を導くために設置した罠だった。
普通は手をつけない。だから、ローの元にも滅多に客は訪れない。そうやって、女王の目をかいくぐってきたのである。
「疑われないための地道な工作作業も楽じゃねぇのに。ノコノコ引っかかりやがって」
「あんなとこにクッキーがあったら、そりゃ食うだろうよー!」
「お前だけだよ、麦わら屋!」
ぎゃあぎゃあ、と。一通り漫才を済ませたあとで、真面目な表情に改めたローが後ろを振り返って言う。
「ほら、あれが女王の城だ」
「おおっ! すげー! ……けど、あんなの、前からあったっけ?」
探検のために訪れた島に、あれだけ目立つ城なんかどこにもなかった気がするが。ルフィが首を捻っていると、恐らくと前置きをしてから、ローが言った。
「現実の世界と、女王の世界はまったく別の場所にあるんじゃねぇかな? あの城も普段は見えなくて、管理人が意思表示すれば現れるようになっている」
例えば今なら、女王に献上品を届けたいという意思を伝えたのだ。
「お前の言葉じゃねぇけど、ここは確かに不思議空間なんだよ」
「ふぅん……。なぁ、お前の仲間を助けたとして、お前はそれで女王から逃げられるのか?」
ルフィはずっと気になっていたことを聞いてみた。ローの左手首にはめられた手錠は、どうすれば外すことができるのだろうと。
「……お前、本当に妙なところで鋭いな」
困ったように眉を下げて、ローは溜息をつく。しばし迷った末に、本当のことを話すことにした。
「……さぁ?」
「さぁ、ってなんだ、さぁって!」
嫌な予感はしていたのだ。笑いながら肩を竦めてみせたローに、ルフィは詰め寄っていく。
「仲間を助けろとしか言わなかったから、変だなとは思っていたんだ」
「へぇ……。でも、おれにしてみりゃそれで憂いはなくなるわけだし、問題はねぇよ」
「でもお前は、あの部屋から出られないんじゃねぇのか?」
「かもな。けど、どうなるかは分かんねぇし。さっきも言ったけど、おれは仲間が解放されればそれでいいんだ。あとは自分でなんとかするから」
「……」
むむむ、と。ルフィは唇をひん曲げて唸った。ローの言うことは、確かにもっともなのだ。
けれど、それだとルフィの気が済まない。
袖の端からぶら下がる鎖は、自由とは反対の意味を表す束縛という言葉そのもの。いくら憂いがなくなるとは言っても、ロー自身も解放されないかぎり、すべてが解決したとは言えないのではないか。
「よし! 決めたぞ!」
「……何を?」
ローは相槌を打ったことを後悔した。付き合いは短いのに、なんだか悪い予感しか呼び起こされない。
ルフィは高らかに宣言するように言った。
「おれは女王をぶっ飛ばすぞ!」
「……あのな、人質の存在を忘れるなよ?」
予想どおりすぎる発言に、ローは取り乱すことなく冷静な意見を述べておいた。
けれど、ルフィは止まらない。
「お前も、お前の仲間たちも助けるには、それが一番手っ取り早いだろ!」
「……そうだけど……、女王は何をしてくるか分かんねぇぞ?」
「何かしてくる前にぶっ飛ばせばいいんだろ? 簡単じゃねぇか!」
腕をグルグルと回して臨戦態勢に入っているルフィは、もう聞く耳を持ってくれそうにもない。
理屈で言えば確かにそうなのだが、相手の戦術も分からないのに戦うなんて、無茶だとしかローには思えない。
頼る相手を間違えたかなぁ、と。思わず頭を抱えそうになるが、ルフィの真剣な横顔を見ていると、何故だか託してみたくなるのも事実だった。