既視感
お目当ての聖氷泉まで、もう少しだ。
「あ!」
幻使が、声を上げた。
「あれは……?」
「もう少し近付くと、分かるよ」
僕達は、手をつないだまま、歩き続けた。
幻使が、いつの間にか、喋らなくなった。
まるで、夢でも見ているような目つきで、空を見上げたまま、足だけを動かしている。
幻使が見とれているもの……それは、空に掛かった、大きな大きな、虹色に光る、カーテンだった。
カーテンは、色と形を次々に変えながら、銀青色の空に輝き、たなびいている。
いつも聖氷泉の上に現れている、オーロラだった。
僕は、黙って、幻使に前を指し示した。
指の先には、泉があった。
泉は大きく、豊かだった。
ただし、その表面にたたえているのは、水ではなかった。
氷だった。
細かい銀色の氷の粒が、噴水のように空のオーロラに向かって吹き上げ、そのまま泉を満たし、サラサラと流れ出しているのだ。
幻使が、これ以上は無い、というくらい、大きく目を見開いた。
泉に魅入られている幻使の顔を、僕は、見ていた。
見たことがある……僕は、この顔を、知っている。
どれほどの時間が過ぎただろうか、幻使がやっと顔を上げ、ゆっくりと僕を見た。
「オーロラ王神……」
僕は、幻使に、笑いかけた。
とても上手に、笑えたと思う。
ピーターはもういなくて、その代わりにメイドン幻使がいて、幻使がピーターとよく似ているということは……きっと、喜ばしいことなのだ。
少なくとも、何もかも無くしてしまうよりは、ずっと。
ピーターが、自分の面影をこんなに愛らしい少女の中に残していってくれたことに、僕は、感謝した。
「さあ」
僕は、幻使に声をかけた。
彼女がピーターに似ているのなら、次の一言は、彼女をとても喜ばせるに違いない。
「すぐそこに僕の家があるから、ひと休みしよう。かすみ之助が、お茶の準備をして待ってるよ。聖氷泉の氷を融かした水は、お茶を煎れるととっても美味しいって、天聖界でも評判なんだから」
「まあ!」
幻使は、予想通り、花のように笑みこぼれた。
そして、言った。
「嬉しいわ!オーロラ王神のことだから、きっと、美味しいお茶菓子も用意してくれているはずね!」
おっと。
そうだった、彼女はピーターによく似ているけれど、その前に一人の女の子天使でもあるんだ……甘いお菓子の大好きな。
「もちろんさ。キミの大好きなチョコレートも、ちゃんと準備しておいたからね。さ、行こう!」
僕達は、微笑み合って手をつなぎ、再び、氷原を歩きはじめた。