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【けいおん!続編】 水の螺旋 (第五章) ・中

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 唯は左手でネックを掴み、薬指で弦に触れた。『ボーン』と音が響いた。感覚と鳴った音でどこに触れたか、おおよそ分かる。おそらく5弦の第3フレット、トーンはCだ。しかし、そのような知覚よりもより強く感じられるものがあった。全身を揺さぶられているという感覚だ。それはどうやら、自分の細胞、さらには核内の染色体DNAにまで、影響を与えているようだ。何とも心地いい快感が唯を襲う。しかし、前の快感を受けた時とは違い、唯は落ち着いて自分の心が昂ってゆくのを実感できた。もっとギターをかき鳴らせば、どれだけ自分の感情は昂るだろう。冷静に推し量りながらも、唯は思いつくままギー太を弾き鳴らしてみた。
「こんな状況下でそんな行動をとるとは。君は状況を把握する能力が著しく欠けているのかな?」
 二葉の嘲るような声が聴こえる。それに呼応するように、唯の首元を押さえつけていたY字型の物体が唯の首を折るべくひねりを加えてきた。しかしその刹那、そのY字型の物体は唯の首元から崩れ落ち、消え去った。
「なに!?」
 二葉は驚いた声をあげた。次に光の槍が唯めがけて降ってきた。凜の胸を貫いたものだ。しかしそれも唯の身体の手前で動きを一瞬止め、破裂して消えた。
「…あんまり見くびらないでよ」
 唯は頭を垂れながら、にやついていた。
「私この世界のガンなんでしょ?がん細胞は、変異を蓄積しながら自らの力をどんどん強くしていくもの。私は色んな刺激を受け、変異を繰り返してきた。もう生体防御機構も抗がん剤さえも効かないよ」
「そ、そんなはずはない!私は偉大な指導者で大きな力がある。お前ごときを潰せないはずはない」
 二葉がそう云った直後、変化は訪れた。大きな地響きが起こり、空は割れ、海は枯れ、世界が徐々に狭み始めた。吸収されたはずの信者たちの魂が、急に二葉に反逆を起こしたのだ。広大だった二葉の世界は徐々に小さくなり、ひとつの点へと収束しようとしていた。
 これは石山が目論んだ通りのことだった。石山は精神世界に対してアプローチすることは、通常は他の人々を畏怖させ従わせるものであるが、がん細胞の出現によってそれは一気に反転すると考えた。がん細胞はその性質から“裏切り者”と形容される。つまり、自分の内部に敵対するものが存在すれば、それが状況反転のトリガーになると、彼は考えたのだ。しかし、簡単に駆除されてしまうものでは効果はない。がん細胞が個体としての秩序や生命をも脅かしてしまうように、敵対するものは脅威といえる力を持っていなくてはならない。だから、二葉の世界に入り込んだ当初の凜や唯では駄目だったのだ。二葉の力を跳ね返せるほどにまでなった今の唯だからこそ、これまでつき従っていた者たちがクーデターを起こすに至った。
 みるみるうちにしぼんでゆく世界の中、二葉の断末魔も徐々に小さくなっていった。そんな中にいて、唯は妙に落ち着いた気分でいた。このままいけば、自分自身もこの世界とともに潰えてしまうことも容易に分かることだった。だが、唯はそれでもいいやとさえ思っていた。すべてを受け入れようという潔さは、彼女にほどよい心地よさをもたらしていた。
― みんなありがとう。私がここまでやれたのは、みんなのおかげ。みんながいたから、私は色んなことを感じ、思い、考え、心も身体も変化してきた。今の自分がいるのは、今まで私に関わってくれたすべての人たちのおかげだよ。願わくば、今の私を形成してくれたみんなのように、私もみんなにとってそんな存在であって欲しい。…あとはもう、思い残すことなんてない。
 唯は心からそう思っていた。大切な仲間たちのために戦い、みんなの未来を守れたという実感に、彼女は心から満足していた。唯は石山が、彼の理論にのっとって自分や凜をこの世界に送りこんだことは知らなかったが、仮に知っていたとしても、その気持ちは変わらなかっただろう。仮に歯車であっても、今まで他人に厄介ばかりかけていた自分が、はじめて人の役に立てたという実感をもてたのだから。
 しかし―
 その一方で―
(本当にいいの?)
 心のどこかで、もうひとりの自分が囁く。
 ひとりよがりな思い込みが、私の悪い癖じゃないの―
 ここで私が私であることを放棄してしまえば、悲しむ人がきっと現れる。これまでそんな私の性格で、何度もみんなを悲しませてきた。もう、同じことを繰り返しちゃダメ…!
 ―生きなきゃ!
 唯は閉ざしていた瞳を開いた。すでに、二葉の世界はその広がりを失くし、あと少しで自分をも潰してしまいそうな状態だった。唯は危機感を覚え、今にも地についてしまいそうな天を仰ぎ、心の底から湧きあがる想いを叫んだ。
「生きたい…!」
 唯の激しい想いは、彼女の身体中の細胞のSDR経路をさらに活発にはたらかせた。その最終産物である発現タンパク質群は、血流に乗り、脳へと到達。大脳の通常は使われていないであろう機能未知の領域を、さらに活性化させた。