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【けいおん!続編】 水の螺旋 (第五章) ・中

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「しかし、君が“癌”に注目したのは見事だ。確かに、私は癌化がSDR配列をもつ者に対して、大きな影響を与えるのではないかと予期していた。賭里須くんに内緒で、ひとつのケージの餌を癌誘発物質を含んだものに取り換えていたのも事実だ。そして、予想通りの結果が起こった。さらに、“今回の事例”においても、私は癌が大きなキーワードになると考えている。しかし、それはこの子たちの身体に実際に癌を発症させるという意味ではない。むしろ、この子たちの存在それ自体が、“癌”そのものになりうるということだ」
 最後の方で、石山は改めて笑顔を作った。謎かけを心から楽しんでいるような、子供のような笑顔だ。
 それにしても、唯たちが『“癌”そのもの』とは、どういうことであろう。石山の言葉の中の“今回の事例”とは、おそらく唯たちが二葉の夢の世界で戦っているということを示すのだろう。だとすれば、二葉の世界にとって、唯と凜の存在は“癌”になるということであろうか。いずれにせよ、唯と凜の存在が“癌”というのは、どうにも納得できない。


 9


 唯は自分の身体の中からわき上がるグルーヴを持て余していた。
 凜さえも手を出せずにただ立ちすくんでいる。
 信者の魂をすべて吸収した二葉の世界は、より広大なものになり、より邪悪な色を醸し出していた。風はつむじになり、辺りを蛇のようなうねりで飛び交っている。
「遅かったか」と凜が呟いた。一方で唯は、自らのわき出る力を使いたくてうずうずしている。どうすれば自分の有利なように戦えるか。そんなことは唯の頭から消えていた。ただ、仲間たちやライブハウスの観客たちからもたらされるこの気分の高揚を発揮できないことがもったいなくて仕方がないのだ。感情のままに身体を動かせば、海を飛び越え、天さえもこの手に届かせられると、はやる気持ちでいっぱいだった。
 唯は抑えきれずについに飛び出した。しかしそれは、顛末を何も考えない、自暴自棄な行動だった。唯は海を越えるどころか、二葉の見えない力に押し返され、もといた地面に叩きつけられることとなった。激しい痛みが唯の全身を襲う。それでいて、そうか、夢の世界でも痛みは感じるのかと、自らの痛みを他人事のように考える自分がいた。そんな悠長なことを考えているのも束の間、今度は白く光る巨大なY字型の物体が唯に向かって突進してきた。唯はその物質に強引に押し出され、後方にある岩に叩きつけられた。横になっていた身体が起こされた状態になる。“Y字型”の開いた部分が唯の首元にぴったりとはまっており、唯は身動きがとれない。
「唯!」
 凜が唯の方へ駆け寄ろうとした。そこへ、
「動くな!」
という二葉の声がした。凜の動きはぴたりと止まった。
「動いてみろ。君の仲間の首をへし折るぞ」
 たしかに、Y字型の物体が少し傾けば、唯の首は容易く折られてしまうであろう。身動きが取れない唯と凜に対して、二葉は嘲笑するような口調で云った。
「君たちは、最も忌み嫌われるべき存在だ」
「何だと?」
 凜が押し殺したような声で返した。
「君たちは特殊なゲノム配列パターンから、特殊な機能タンパク質を発現し、おそらくはそのタンパク質が脳内の眠っているニューロン・ネットワークを活性化することで、精神世界に入り込み、おまけにその中の他人のテリトリーにまで侵入することができる。ここで、仮にこの精神世界をひとつの人体と仮定してみよう。すると、それぞれの人の思いや夢で構成された小さな世界は器官、人々の心や魂は細胞ということになる。さて、そのような広大な生体の中で、勝手に他者の世界に顔を出し悪さをする、君たちはどのような存在だということになる?」
 唯と凜には、次に出てくる言葉が何となく予想できた。
「…ガンだよ。君たちは、秩序ある精神世界のことわりを、自分たちの特殊な能力を鼻にかけて、強引にねじ曲げてしまう。まさにこの精神世界にとっては有害無益、忌み嫌われる存在、がん細胞というワケだよ」
「ふざけるな!」
 凜が怒りをあらわにした声をあげた。
「お前はどうなんだ。“秩序ある精神世界のことわり”と云ったが、この世界での勢力を強大なものにして、自分の力を誇示しようとするお前こそが、“秩序を乱す者”なんじゃないのか!?」
「これもこの世界での秩序あることわりだ」
 二葉はさらりと云ってのけた。
「私はコスモライフ教の指導者として、絶対的な科学を信じ、精神世界をあがめ、人々を導いてきた。そんな私がこの精神世界において己の世界を広げ、現実世界での権力を絶大なものにするのは、至極当然のことだ。現に、多くの信者たちが私を支持し、贄となってくれた。それ自体が私が正しいという証なのだ。子供でも分かる理屈だ」
「でも信者たちは、自分たちが贄になるなんて知らなかったんじゃない!」
 唯が叫ぶように云った。
「それでも、彼らが贄となってくれたことに変わりはない。いいかね、世の中、多くの人間に受け入れられるものが正義であり真実なのだ。逆に、受け入れられないものは、偽りであり、淘汰されるものなのだ。この世界で、私は受け入れられるが、君たちは受け入れられていない。ならば、私が正義で君たちが悪だ。正義は栄え悪は滅びる、そういうものだろう?つまり、滅びるべきは、君たちなんだよ」
 直後、光の槍が唯めがけて飛んできた。
「唯!」といって、凜が唯の前に飛び出した。
 槍は、凜の胸に突き刺さった。


 10


 槍に胸を突き刺された凜は、唯の足もとに倒れ込んだ。
「凜くん!」
 唯が悲痛な叫びをあげる。そんな唯を凜は冷静な目で見た。
「…唯、大丈夫だ」
「えっ?」
 凜の言葉に唯が訊き返す。
「二葉は正しくない。奴の論には、明らかな矛盾がある。臆することはない。お前なら、必ず勝てる」
 凜の口調は意外にもはっきりとしていた。しかしそれでも、彼が致命傷を負ったのは間違いない。
「いや、それよりも凜くんのことがさ…」
「僕のことはいい」
 凜はきっぱりと云った。
「…でも私はダメだよ。凜くんがいないと」
「なら僕の魂をそのギターに送りこんでやる」
 凜が目を閉じると、彼の全身がぼうっと光りだした。そして、光の粒が上りギー太の中へ吸い込まれていく。もはや、凜の口から声が発せられることはなかった。しかし、唯には空中から彼の声が聞こえた。
(そのギターには、お前の愛情がこもっている。だが、このギター自体に心はない。だからそこへ僕の心を送りこむことで、それはお前のより強力なパートナーになる)
 最後に凜の身体は強く輝き、そして消えた。唯がそのことを悲しく感じたのはほんの一瞬のことだった。なぜならその直後、唯は肩に急激な重みを感じたのだ。もともと重いギターだが、今までも感じていたような無機質な重みではなかった。命の有機質な重みがそこにはあった。
さらに、「さあ、僕を弾いてよ」と、ギー太の声が聴こえた。彼女の心は震えた。これまで、自分からギー太を欲することしかできなかったのが、今はギー太のほうから自分を欲してくれている。そしてそれは同時に、凜の言葉であった。