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嘘半分メモリーズ

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 表情を皮膚より表に出すことの少ない、自らの代わりを買って出てくれているのか、彼が来訪したときは、愛犬の歩みがよく跳ねる。
 今もひた隠した自分の心中を見透かされているようで、愛犬の喜びを言葉のみで嗜めた。

 「こら、だめですよぽちくん」
 そうは言いながらも、浮ついた気持ちは隠しきれない。
 軒先にまで及んだ好奇心の足は、やがて飼い主の心模様を写し取ったのか、訪問者の足にじゃれつく。
 訪問者であるアーサーもそれを笑顔を持って受け入れ、愛犬の頬をさすってくれていている。自らの頬がほのかに触れられた錯覚に陥って、本田は気付けのために深く息を吐いた。
 当の彼は、いつものように居間に腰を下ろして、僅かな隙間を開け放った軒先へと視線を送っている。この家の庭で巡る季節が好きだと言った彼は、おそらく本田の浮ついた心地には気づかない。葉も全て落としきり、枯れた枝は、全て春のために切ってしまったと言うのに、彼の視線はまだ草木のざわめきへと向いている。

 「申し訳ありません、お茶受けにも大したものが用意できずに」
 「いや、俺の方こそ、急に悪かった」
 来訪にもおそらく何かの理由があって、本田がそれを汲み取ることも容易かったが、何も無かったように、何もないことが普通であるかのように、二人は振舞う。
 互いに謝意を述べ、ささやかなティーパーティーが始まる。彼の家で行うような仰々しさは一部もなく、ただ温かい緑茶と茶受けの菓子を分け合うだけの、小さな、小さな二人の時間だ。
 本来ならば茶の時間に弾むべきはず会話も、今の二人には持ち合わせがないらしい。だが、しかし特別なことがないのに、会話は途切れていかない、他人行儀であるのに、どこか近しいのがこそばゆい。
 それがずっと、二人の間で取り成される、二人だけの空間だった。
 満足や充足とは切り離され、波立つ感情もない。だからこそ存在できる稀有な時間だと本田は知っている。

 アーサーは籠に入った飴を一つとりだすと、珍しげに眺め始める。初めて出会ったものにこういう仕草と好奇心を見せるところが、幼くいとおしく、また弟とよく似た部分だと本田はひそかに微笑ましく思う。
 そうとも知らぬ彼は、棒の先で薄い丸型に鋳造された金色の飴を、視覚で楽しんだあと、口の中に押し込んだ。

 「舌を切った」
 暫くして彼が舌で口の中を探りながら、そう言い出したものだから、今まで平静を固めていた本田も僅かに肩を揺らした。
 「大丈夫ですか?」
 「大したことない」
 そう言ってアーサーは再度いびつな飴を唇の中に押し込む。
 それをすべて見届けてから、本田は包みから同じようにべっこう飴をとりだし、冬の日に透かす。わざわざそうして見せたのは、目の前で同じものをほおばる彼と色を見比べたかったからである。
 この色が目を引いて、戯れとして買ったに過ぎないのに、本物の彼がこうして同じ色を手にしているのが本田にはくすぐったく、また俯いて表情をうやむやにさせた。
 鼈甲と名付けられたこの色は、彼の持つ髪の色とよく似ている。
「昔もこんなことがありましたね」
 本田が記憶の海へと足を差し入れかけて、この時間のルールから外れた温くない言葉を発した。
 
 あの時のものは、本物の鼈甲を手にして、互いに語った言葉だった。
 あれは彼と親しくなってすぐのことだろうか。
 本国にこの国の土産を、と街に繰り出したときに、偶然彼が鼈甲の帯止めを彼が手にしたことがあった。渦を巻く鼈甲の色の幾層もの重なりと、その美しさを讃えた彼の横顔に一瞬見惚れてしまったのだ。
 『あなたの色によく似ています』
 珍しく、柄にもなく、歪曲しない素直な感想をその場に落としてしまったのだ。そのときの彼は照れのせいかひどく狼狽し、必死に否定を浴びせかけたのを覚えている。
 そのときの頬の赤さも、やはり煌いていた金の髪も、重なった笑い声も全部、覚えている。
 まだ離別の予感も感じさせないくらい、喉が焼けるほど甘かった時間の一つだ。
 本田が目を細めてその淡くあたたかな思い出に一瞬だけ浸る。だが、眼前のアーサーにはまったく呼応する空気がなく、先ほどまで盗んで投げかけていた目線を、敢えて絡ませる。

 「覚えてらっしゃいませんか?」
 「いや…」
 アーサーは、本田が口にした確認の台詞も、何の重さもなく軽々と飛び越えてきょとん、と瞳の色を澄ませている。
 その色にそれ以上の追求の言葉は無粋とも思え、本田は緑茶と一緒にそれを飲み込んでしまう。
 「いえ、大したことではありませんので」
 広げたはずの自らの思い出をそんな風にまたすぐ懐にしまう。
 また、か。本田は多少の喪失感を感じてもまた何もないお茶の時間へと、空気を平らに馴らすために、ゆるく笑ってみせた。

 「おまえんとこも結構寒いんだな」
 「そちらはこの季節、うちと比べものにならないくらいでしょう?」
 「ああ、俺が生まれたての頃はもっと寒くてな、本当に大変だった」
 ああ、スイッチを入れてしまったか、と悔いてみても、そこからは、彼の唇は止まらない。傷ついた舌で、暗くずっしりと苦い思い出を語っていく。
 彼が話す恨み言も他人に話せる程度に柔和にされているのだろうが、節々に感じる憎悪の感情は隠しきれていない。ここに訪れた時点で、彼の心情は既に淀んでいたらしい。よく考えれば今日目にした当初から、彼の瞳も髪も肌も、少し疲弊にも似た虚ろさを持っていた。だから無機物の金色にもよく似ていたのだろう。
 苦い記憶を悪態にして投げ捨てる彼より、疲れた彼の色を浮かれながら眺めていた自身に嫌気がさした。

 発する彼自身に対象への貶める感情は無いにしても、唇から放たれる長い鬱蒼とした記憶は、何度耳にしてもまるで重く硬い石のようだと感じる。
 それでも彼の声が呪詛だろうが止める気にはなれず、静かに耳を傾け簡素にならないように心がけ相づちを打つ。
 こうした場面にはもう何度も出会って、その度にどういう言葉を返してよいかわからず、ただ相槌ばかりを積もらせていた。

 茶碗に注がれた緑茶が、掌の中でだんだんと冷えていく。長くこうしたぬるい関係を続けていくうちに、彼のこの性質を感じ取れるようになってしまった。

 この人はよい思い出を取っておけない人なのだ。

 そう悟ってしまったのは知り合ってからずいぶん後のことだったと思う。おそらく終わった戦いが少し遠くなってきた頃、睦まじくいたあの頃の記憶を呼び起こして、問いかけを行った時にだ。自分が宝物のように暖めてきたほのかな思い出を、彼はそのとき簡単に薄れさせていて、もうあやふやな遠くの出来事として認識していたのである。

 幸せな思い出ほど長く取っておけないとも言うが、彼の中ではここまで泡沫となってしまうのか、と少し前の自分なら愕然としてしまっただろう。しかし、今の二人はこのささやかな時間が許されるほどには、互いの矮小さを知っている。
 だから本田も彼のそんな部分を論うこともせず、今までただ話を聞き共に過ごすことで何とか遣る瀬無さを最小限に抑えてきた。膝の上で組んだ手が、もう茶では紛れないほどに冷えていく。
作品名:嘘半分メモリーズ 作家名:あやせ