嘘半分メモリーズ
口の中に入れたらあっと言う間に溶けてしまう、だからいつまでも甘い記憶にくるまれて眠ることはなく、ごつごつとした暗いものばかりを押し込めて自分自身を閉塞へ追い込む。
では、私はどうしたらよいのでしょう。
甘い思い出の溶けた唾液を吸い取るか、それか腹の底に重く溜まった石を肌を切り開いて一つずつ眺めようか。または、あなたの舌に浮かんでいるはずのその血を舐め取って差し上げましょうか。それとも、毒気さえも舐め取って、あなたの腹の中を空っぽにしましょうか。
彼の弄する話は時を巡り、やがてその矛先が自分もよく知るアルフレッドまで及んだところで、本田は初めて危惧を覚えて声で彼を揺り動かす。
「アーサーさん」
話を中断するように名を呼ばれ、アーサーはようやく己の吐き散らかした思い出に気づいたようだ。彼はすぐに頬を赤くし、『違うんだ』とか『忘れてくれ』とかの在り合わせの言葉ですべての毒を早口で打ち消した。
そんな言葉一つで彼が飲み込んだ重さがどうにかなるわけではないのに、彼は具現化した自らの感情を必死で踏み潰そうとする。
気持ちを暗い淵へと馳せていたのは自分も同じである。違わないことを知っているし、彼の零した言葉一つも忘れもしない。そして醜いとも思わない。
「お茶も冷めてしまいました」
自分と彼の、二つ分の茶碗を盆に乗せて、本田は話を全て有耶無耶にしようと試みる。
彼は深く立ち入ろうとしない自分にまた安心し、アーサーが小さく礼を言う。確かに耳には届いているはずなのに、それに言葉を返せず、足袋の足は台所へと向かっていく。
盆を持ったまま一瞬だけ振り返ると、彼はまた何かの思慕に憂うかのごとく軒先に目を向けていた。
冬の僅かな光が、彼の金の髪を透かしていて美しく、あのような暗い言葉が血とともに巡っているのか、ときどき忘れそうになる。
忘れて、今の温さに慣れた明るい恋なんてものを夢見てしまいそうになるから、彼が油断して重さをぶつけてくるのは本田にとってはいい戒めになった。
今繰り広げているこの茶の時間も、よい思い出もすべて、彼の口の中ですぐに溶けてしまうものだ。
冬の匂いは水と遠い匂いだ。唇が乾燥してそれを舌で僅かに癒す。
何一つ具現化できない自らの欲望は、腹の中に堆積していって、足取りさえも重くした。
○
「割れると切り口は鋭いですから、気を付け」
言うより早くアルフレッドはべっこう飴をすっぽりと口にし、ガリガリと歯で砕いていく。
「このキャンディーは何のフレーバーだい?」
「それはべっこう飴ですからお砂糖の味しかしませんよ」
この人はどうやら、甘いものをこうして飲み込むらしい。若いとはいえ、味わうこともなく飲み下すその奔放さが、今は羨ましく思える。
「この前アーサー来たんだろ?」
「ええ、飴で切った舌で、お兄上の悪口を延々とおっしゃってました」
本田が少しの皮肉を、自覚のない優越感に混ぜ込んでそう言うと、アルフレッドはその場で畳の上で寝転がる。
「あいかわらずなんだな!」
彼のその言葉は、呆れにも、また自らの預かり知らぬところで行われた彼の愚痴にもどかしさを抱いているのか、どちらとも取れず彼はただ明るくはつらつとした表情しか見せない。
アルフレッドの光に照射されると、『彼』と培った温い時間と自らの小ずるい部分が暴かれてしまいそうで、それきり『彼』の話は終わりとなった。
「ところで菊!俺もおみやげを持ってきたんだぞ!」
彼が紙袋から出した、菓子パンの上にたっぷりとかけられたアイシングとカラースプレーの華やかさに目がくらみそうになる。
「いえ、私は今は甘いものは結構です」
即座にそれを固辞し、アルフレッドはべっこう飴の入った頬を膨らませた。やわらかく笑顔を作って彼の機嫌を少しでも上方修正しようと試みるが、こたつで蒸すくれる彼の表情から、ゲームに数時間でも付き合わなければ修復は難い様子だった。
幼い彼の気持ちは嬉しかったが、今は甘いものが入り込む隙間がないほど、食道から更に奥へと連なる内臓が重くなっていた。
胃が凭れているものですから。
自らの本音は口にせず、二人分の茶の用意をしながら、割烹着の上から腹部をさする。
空想の中の重い感触を確かめた。彼が零した毒を全て飲み込んだ、空想の重さだ。
ああ、本当に重い。