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La tarde aburrida(退屈な午後)

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La tarde aburrida (退屈な午後)

 こいつの我が儘は今に始まったことではないが、今日のは、とびきり酷い。
 ミゲルはチェーザレの部屋の扉の前に立ち塞がり、出ていこうとする彼の主君と睨み合っていた。
「そこを退け、ミゲル」
 静かだが、腹に力がこもった声だった。
「だめだ。承知できん」
 ミゲルも負けじと丹田に力を込め、出来る限りの冷たい声で跳ね返す。
 ピサに刺客が潜伏しているらしいという情報を得て以来、チェーザレは護衛を大勢つけても不自然ではない公的な用事と大学以外、屋敷内に閉じ込められていた。愛馬での遠乗りも禁止されているし、散歩も遊びも、させてもらえない。気晴らしひとつ、満足にできない状態が続いていた。
 血気盛んな十六歳は、鬱憤が溜まっているのだ。
 そんなチェーザレの鬱憤を、ミゲルが全く理解しないというわけではない。ただ、チェーザレの感情より、身の安全が優先されているだけだ。
 チェーザレ自身も、そのことは十分に承知している。それでも、鬱屈したものを、どこかに吐き出さなくては気が済まないのだろう。それは時々、我が儘を押し通そうとする行動で表面化し、大抵の場合、ミゲルが鎮火する役となる。
 今もこうして、荒れているチェーザレを相手にしていた。
「お前達は自由に外出しているじゃないか」
「命を狙われているのは、俺たちじゃないからな」
 分かり切った、いつもの問答。何度繰り返したかしれない。
「昨夜、娼館に行っただろう。アルバロが浮かれて出ていったぞ」
 確かに、アルバロ以下非番の数人が、どこかの店で呑んだあと娼館に出かけて行ったらしい話は聞いた。みんなで出ていく様子を、チェーザレに見られていたのだろう。
皆、若い男なのだから、女を買いにいくこともある。チェーザレも、情勢がここまで緊迫していない頃であれば、高級娼婦を買うことも、街の女との逢瀬を楽しむことも、可能であった。
「・・・俺は行ってないよ」
 ミゲルが娼館に行ったかどうかが問題ではないことは承知しているが、妙な当て付けを自分に向けられるのはごめんだった。
「文句ならアルバロに言えよ」
「もう言った。ひたすら詫びるばかりでつまらん」
 アルバロ自身は何も悪いことをしていないのに、謝らなければならないのは理不尽だろう。しかしチェーザレに分からないように出掛けていればいいだけの話だ。ミゲルはアルバロへ、あの間抜け、と心の中で毒づいた。
 あいつが迂闊なせいで、俺がこんな役目を負わされている。
「・・・出られないなら、女を屋敷に呼ぶかな」
「それもだめだ、チェーザレ。出来る限り、素性のしれない人間をお前に近づけたくない。まして娼婦は、相手の間者として雇われている女がくる可能性が高い」
 即答で却下すると、今度はチェーザレが忌々しそうに舌打ちした。
「お前は口うるさい」
「結構だな」
 何を言われても冷静にあしらうミゲルにとうとう根負けしたのか、チェーザレは大きなため息をついて、どっかりと寝台に腰を降ろした。
「お前の顔を見るとむかつく」
「そりゃどうも」
 チェーザレの苛立ちの矛先が、自分に向いている間は、まだ安全だ。ミゲルが受け止めてやればいい。他に飛び火しないよう、自分のところで止めておくのも、ミゲルの役割だった。アルバロのように自業自得のものはともかく。
 チェーザレは、完全に外出を諦めたらしい。上着の結び目を解きだしたので、ミゲルが手を貸して脱がせてやる。
「不満なら、俺に言え。他の奴にあたるなよ」
「お前にあたっても、面白くない。何を言われても、慌てたり困ったりしないからな」
 アルバロは、反応が面白いがために、餌食になったようだった。
 気楽なシュミーズ姿のチェーザレは、そのまま寝台に腰掛け、つまらなそうな顔をしていた。襟の繊細なレースが、彼の美しい顔を縁取っている。だが、その美しい顔は、退屈と不機嫌を貼りつかせていた。
「外出以外の我が儘なら、出来る限りきいてやる」
「女」
「それはだめだ」
 ふくれっ面になったチェーザレが、外出以外と言ったくせに、と拗ねる。
「じゃあ、女の代わりをお前がするとでも?」
「え?」
 何か、変な言葉を聞いた。何を言われたのか、すぐには分からなかった。チェーザレを見ると、にやりと意地の悪い顔で笑っている。
「女の代わりに、お前を抱かせろ、ミゲル」
 今度こそ、はっきりと聞こえた。聞き間違いではないらしい。
「馬鹿なこというなよ」
 たちが悪い冗談にもほどがある。
「なんでも我が儘をきくといったぞ」
「なんでもじゃない、出来る限りだ。それに、これは出来ない分類の我が儘だな」
 脱がせた上着を手に寝台の側から離れようとすると、手首を掴まれ引きとめられた。
振り返ると、チェーザレは口の端を引き上げて、にやりと笑ってミゲルを見上げている。その笑顔に、いやな寒気を感じた。
「出来ないことはないだろう?」
 言葉は柔らかくても、チェーザレの声には冷たくて強引な響きがあった。この男はいつも、こうして自分の意志を押し通す。相手の迷惑を顧みたことなどないのだろう。
「出来るわけがない」
 手を振り払おうとすると、逆に引っ張られた。体制を崩され、寝台に座るチェーザレに体当たりしそうになるのを、なんとか留まった。だが、チェーザレの膝に片手を付いてしまった。もう片方はチェーザレに手首を握られたままだ。
 目の前に、チェーザレの秀麗な顔がある。きれいだが、意地悪そうな薄ら笑いを浮かべている。嫌な予感がした。
「何をするんだ」
 急いで体を離そうとしたが、間に合わなかった。
 かわす間もなく、ミゲルの唇は、チェーザレのそれで塞がれていた。
 離れようとするが、すぐにチェーザレの唇が追ってきて捕らえられる。以前にも、キスをされたことはあったが、軽いものだった。今回は執拗だ。もがいていると、口の中に、温かくぬるりとしたものが入ってきた。逃げようにも、いつの間にか頭を抱えられていてかなわなかった。拒みたくても、容赦なく舌が入ってくる。歯の裏側や舌の裏側を舐められ、器用に舌先でミゲルの舌を絡め取られた。唾液が口に流し込まれ、ミゲルの口の端から零れた。
 口内をくすぐられ続け、やがて背中から腰、さらに下へと、痺れのようなもどかしい感覚が走った。体から力が抜ける。それを見計らったかのように、チェーザレはミゲルの体を寝台に引き込み、伸し掛かった。
 手首を掴まれ、寝台に縫い付けられたまま、深い口づけを受け続けていた。
 この状態を、あまり嫌だと思っていないことが、嫌だった。力で跳ね返せば、返せる。チェーザレより、自分のほうがずっと訓練を積んでいるのだ。それでも、体の上に乗っている別の男の体を、無理矢理引き剥がすことが出来なかった。
 彼が、自分の主君だから?そうなのかもしれない。だが、それだけが理由なら断れるという気がする。こうして受け入れつつある自分が、分からなかった。
 いつのまにか、ミゲルの舌も、チェーザレの唾液を掬うように動いていた。もっと飲ませてほしくて、チェーザレの口の中を蠢いている。舌と舌が擦れ合う湿った感触は、体の芯が熱いもので溶けてしまうような錯覚をさせた。
作品名:La tarde aburrida(退屈な午後) 作家名:いせ