La tarde aburrida(退屈な午後)
腰骨の辺りを撫でられ、はっとして跳ね起きた。ようやく、唇が離れた。
「おい、チェーザレ」
慌てた様子のミゲルの顔を覗き込んで、チェーザレはにやりと笑った。股間のあて布の結び目に指をかけている。
「冗談だろう?」
「お前は、冗談だと思っていたのか」
我儘な主君は、わざとらしく、ゆっくりとした仕草で紐を解こうとしていた。同時に、ミゲルの胸元に顔を寄せる。何をしているのか黒髪が邪魔をして見えなかったが、やがて顔を上げた。上着の結び紐を咥えている。ミゲルの上着の前はすっかり開けられ、下に着こんだシュミーズの上から、胸板をまさぐられた。
チェーザレの白い指が、衣服の上から何かを探すように這い回る。乳首の上を指が滑った瞬間、もどかしいような、痺れるような感触に、ミゲルは身を堅くした。
チェーザレが、ミゲルの顔を覗き込んで、にやりとした。今の小さな反応を、気付かれたのが分かった。
「お前、女のように感じるんだな」
指で、再び乳首を探られる。痺れが波紋のように、躰中に拡がっていった。
チェーザレの手が、再び股間に伸びる。硬くなり始めているのは分かっていた。あまりの恥ずかしさに、膝を寄せて身をよじった。
「やめてくれ」
「なぜ?これからがいいところなのに」
ミゲルはチェーザレの肩を掴み、ゆっくり押し返し、自分に覆い被さっているチェーザレの体を引き剥がした。
「冗談で済ませられるうちに、やめてくれと言っているんだ」
ミゲルはチェーザレを睨み付けた。顔が熱い。赤くなっているかもしれない。赤面で睨んでも、まったく凄みがないだろう、と思った。
チェーザレも、大人しくミゲルから離れた。
「仕方ない。お前もつまらない男だな、ミゲル」
「・・・お前のおふざけが悪趣味すぎるんだ」
ミゲルは起き上がり、解かれた結び紐を結びなおした。
「おふざけ、ね」
確かに悪ふざけだな、と呟き、黒い巻き毛を掻き上げながら、チェーザレは意味ありげな笑いを浮かべた。ミゲルは、その顔に気付かないふりをした。
「居間にいくなら、ワインでも運ばせるが」
「ああ、そうしてくれ。一度書庫に寄ってから行く」
「わかった」
手早く衣服を直し、いつもの冷静な顔を作って寝台から離れる。
扉の前で、ふと振り返った。
「書斎にいくふりをして、窓から逃げたりしないだろうな」
それを聞いて、チェーザレは肩を竦めた。
「もう、そんな気も湧かないよ。お前があんまりつれないから、気が削がれた」
「そりゃ良かったな」
軽口を叩いて、チェーザレの部屋を出た。背後から、ふんと鼻を鳴らすのが聞こえた。
一人で廊下を歩きながら、ミゲルは思わず唇をごしごしと手の甲で擦った。
柔らかく官能的な感触が、まだ唇に残っている。そのままで人に顔を見られたら、先程のキスが知られてしまうような気がして、恥ずかしかった。
「まったく、あいつは何を考えているんだ」
唇をこすり続けながら、口の中で呟いた。体の火照りも、まだ消えない。
いつも、あいつに振り回される。ミゲルに対しては平気で無理難題を吹っ掛けてくる。いつもそれを受け止めて耐えている自分が、馬鹿みたいだった。馬鹿だと思いながら、あいつの側を離れないのも、自分なのだ。
ふう、と溜息をひとつついた。
離れられない。理屈じゃない何かで、俺は奴に縛られている。自分で縛っているのかもしれない。何かは、ミゲル自身にも分からない。ただ、離れられないと、そう感じるだけだ。チェーザレのことが好きかどうかも、分からない。口づけされて嫌ではないが、どういうつもりでチェーザレがそんなことをするのか、理解できずに戸惑うばかりだ。
廊下から、空が見えた。銀色の雲が、鈍く輝いている。もう記憶も薄いが、バレンシアの空とは、随分違う色だと思った。故郷の空は、もっと青く美しかった気がする。
もう、戻ることはないだろう。あの黒髪の天使とともにいる限り。
もうひとつ、溜息をついた。
外に出て、風に当たってから厨房にワインを頼みに行こう。
先ほどのことは、頭の中から追いやることに決めて、ミゲルは中庭へ向かった。
end
作品名:La tarde aburrida(退屈な午後) 作家名:いせ