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不可視猛毒のバタフライ

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 8月13日。
「だから助手でもクリスティーナでもないと言っとろうが!」
「ならばセレセブか@ちゃんねらーか」
「牧瀬紅莉栖だってんのこのバカ岡部! バーカ!バーカ!」
「何を!バカと言う方がバカというこの世界の真実を知らんのか。世間では天才少女と呼ばれて久しいかも知れんがこのIQ170の鳳凰院凶真の前では幼児も同然であると己から暴露しおったなこの、愚・か・な、助手め!」
「あああああ岡部こいつ今にはじまった話じゃないけど脳みそに電極ぶっ刺してコンセントに繋いでやりたい!!!!」
 私の心からの叫びに目の前の岡部と、その後ろで電話レンジ仮をいじっていた橋田の顔が一気にひきつった……ちょっと待ってよ、冗談ってわかるわよね? 私が間違ってもそんなことするわけないでしょ。なんで大の男たちが本気でビビってんのよ!
「そっ、そういえばミスター・ブラウンが話があるとか言ってたな行ってくる」
「あーオカリン逃げるつもりだなーずるいお!!」
「う、うっさい!」
 私の鋭い視線からそそくさと階下へと逃げていく岡部。このチキンめ!! 私は今日何度目かわからないため息をついた。何よあいつ。私の方があの店主より怖いってことなの!?
「ボクの脳みそに流すのは勘弁してほしいお牧瀬氏」「流すわけないでしょ!!」「……おおコワ」
 この「ラボ」もどきを作った中二病患者。酷い誇大妄想と虚言癖持ちで行きあたりばったりで見栄っ張りでいい加減で適当でヘタレ。大学生にもなってあの言動ってどうなの。あれが普通に生きていけるって日本って凄い別の意味で。アメリカだったら結構早いタイミングで撃たれてると思うわよ岡部倫太郎……そんな奴の言動に一々腹を立てている自分が嫌になってきた。
「まあまあ牧瀬氏。あれでもオカリンにもいいとこあるわけだし、まあちょびっとだけど」
「ここにラボを作ったことでしょ。メイクイーンに通いやすくてよかったわね」
「んーまあそれもそうなんだけども。他にもなくはないわけで。……そのうちまゆ氏に聞いてみるといいお」
「まゆりに?」「オカリンと一番付き合い長いのはまゆ氏だからなー」
 ここに通いはじめてからまだ2週間くらいしか経ってないから、私は皆の過去をほとんど知らない。電話レンジ(仮)のおかげで毎日のようにここに来て、みんなと顔を合わせてるけれど、岡部とまゆりと橋田はその前からずっとここに集まって遊んでいたことを考えると、運命のいたずらの面白さと一緒に、過去にここに自分がいなかった事実に寂しさを感じたりする……岡部はどうだっていいんだけど、まゆりや橋田にもっと早くに出会えてたら、きっと楽しかっただろうなって思うのだ。
「それって、時々まゆりが言う『人質』の話?」
「一度オカリンがいないときに聞いといた方がいいお。オカリンは他人にその話されるの嫌がるから」
 ふむん。他人……ね。そうね。私はまだ他人か。
「それはそうと橋田、岡部に変なあだ名つけたいんだけどどんなのがいいと思う」
「牧瀬氏からおかしな相談ktkr」
 橋田が吹き出す。でも私は本気なので真顔を崩したりしないんだから。
「だってあいつ私に適当な名前つけすぎだと思うし。2日に1つぐらいの勢いで呼ばれたこともない呼び名が増えるっておかしいわよ」
「ほんとよくあんだけポンポンと思いつくよなーオカリン。牧瀬氏のあだ名だけじゃなく」「……ほんとね」
 岡部の口から次から次に飛び出してくる厨二病単語が毎日つらい。
「いつも呼ばれるたびに否定しないといけないし、だから逆に岡部の嫌がりそうなあだ名をつけて呼んでやりたいって思ったんだけど」
「オカリンの嫌がりそうなあだ名かー……『パラノイア』とか言われたらむしろオカリン喜びそうな気がするなカタカナだし」
「そうなのよね……私、厨二病患者の精神構造ってほんと厄介だって、最近痛感してる……『チキン』って呼んだら鳳凰がどうだこうだって言ってくるに決まってるからめんどくさいし」
「牧瀬氏もオカリンのことなかなか良くよくわかってるお」「慣れね、慣れ」
 はあ、とため息をつく。
 理想は、呼んだら岡部がぐぬぬと黙ってしまうようなあだ名をつけてやりたい。
「僕もまゆ氏もずっとオカリンって呼びっぱなしだしなー……あ」
 橋田の動きが止まった。何か気づいたらしい。
「おかべりんたろー」「は?」「オカリン、自分のフルネーム呼ばれるの相当嫌いだお。僕たちの本名呼ぶ方も嫌いだし」
 言われてみれば、確かにそうかも。名前で呼んでるのはあのマイペース極まるまゆりだけ……。
「待ってよ、下でバイトしてる子には、時々フルネームで呼ばれてない?」「前は呼ばれた後で、ここに戻ってきてから一々嫌な顔してたお」
 本名か。確かにフルネームで呼んだときはぐぬぬって顔してたし、嫌がらせとしては悪くないのかも。
「でも……ひらがなで8文字はちょっと長すぎない?」「クリスティーナは7文字」「うー、そうだけど」
 理想を言えば『ザ・ゾンビ』くらいの短さが欲しい。
「ん? 要は本名を短くすればいいのよね……なんだ、簡単じゃない。倫太郎か」
 真実は大抵の場合、いつだって驚くほど簡単なものなのだ。おもわずにやけてしまう。
「うわー牧瀬氏の笑顔が邪悪……」
 呼んでやったらあいつどんな顔するだろう! ようし、次に顔合わせたら……ひどく嫌がってじたばたするしかない岡部の姿を思い浮かべながら脳内リハーサルしてる自分が我ながら気持ち悪い。そういえばまゆりもそろそろ戻ってくるはずだから誤爆しないように気をつけないと。いつものどたばたした歩き方で岡部が戻ってきたら、開けられる扉に向かって私は、奴の本名をぶつけてやるのだ。
 ぱん、ぱん、と乾いた音が外から聞こえる。激しい重い足音が駆け上がる。あいつ早速何かやったの? ノックもなく扉が開いてまゆりを肩車した岡部が部屋に転がり込む。赤い。鉄の臭い。2人とも血まみれ。岡部の肩から力なくずるりとまゆりの体が滑り落ちる。岡部はそれを返り見ることもなく開発室に走る。これは一体なんだろう。いつもの悪ふざけ? 映画の撮影? でも床に転がったまゆりの眉間には小さな穴が開いていて赤いものが流れている。私の喉から……リハーサルしてた名前ではなく、やっとひきつった悲鳴がこぼれ出る。
 椅子から転げ落ち橋田は床にへたりこんでる。私は血まみれの白衣を追いかける。
「どういうことなのこれ!! まゆりが、まゆりが」
 振り返った岡部も血まみれだ。たぶんまゆりの血だけじゃない。その血まみれの顔で泣いていた。
「前の俺が間違った……」
「どういうこと!?」
「次は間違わない。すまない、紅莉栖」
 言葉の意味がわからない。なんで、あんたが私を名前で呼ぶの。どうしてそんな目で見るの。
 階下からさらに重い複数の足音がせりあがるけれど、岡部は手慣れた様子でさっき完成したばかりのタイムリープマシンを起動していた。
作品名:不可視猛毒のバタフライ 作家名:Rowen