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不可視猛毒のバタフライ

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 8月14日。
 まさか3日連続で同じ悪夢を見ることになるとは思わなかった。見えない巨大な蝶に吹っ飛ばされる岡部の夢。恐らくはバタフライ・エフェクトを示しているのだろうけれど、私がDメールで世界が変わるって教えられたのは昨日。11日から同じ夢を見続けている理由にはならないと思う。それに、夢の中でその巨大な蝶を岡部にけしかけているのは自分なのだ。
「紅莉栖ちゃん、オカリンのこと嫌いなの?」
 夕方、コンビニへの食料の買い出しの帰り。コミマから早めに戻ってきて一緒に買い出しにきたまゆりに、心底悲しそうな顔で自分の夢の話についてそんなふうに言われると困ってしまう。
「嫌いなわけないわよ。……好きでもないけど」
 本人に教えるわけにはいかないけれど、これまで岡部が頑張っているのはまゆりのため。心からの愛情がなければできない無茶をやっているのを私は知ってる。だから、最初から自分に勝ち目なんかないってことくらいわかってる。
「紅莉栖ちゃんとオカリン、お似合いなのに」「いきなり何を言い出すのかなまゆりは」「えー?」
 正直言えば、あなたに言われるのが一番困るのよ。
「オカリンはねー、一緒に同じ話ができるくらいかしこいひとが好きなんだよ。まゆしぃはあんまり頭よくないからだめだねぇ」
 秋葉原のいつもの雑踏。コンビニの袋を両手にぶら下げ、夕焼けに顔を赤く染めながら、えへへーと困り眉で笑うまゆり。
「紅莉栖ちゃんはオカリンより頭いいし、かわいいし。いつも2人で夢中になって何か話してるでしょ? ……いいなー。まゆしぃは紅莉栖ちゃんがいつもうらやましくてしかたないのです……」
 まゆりが背を丸めると、小さな体がさらに小さくなってしまう。
「まゆりは……岡部のことが好きなのよね?」
 夕日の中で、白い帽子がゆっくりと、肯定に揺れた。
「……岡部は、まゆりのことが好きよ?」
「でもね、まゆしぃはよくばりなのです。オカリンにも、まゆしぃと同じくらい、まゆしぃのことを好きになってほしいのです」
 言葉をかみしめるように、ゆっくりと呟くまゆり。
「オカリンは、紅莉栖ちゃんのことばかり見てるのです。紅莉栖ちゃんが電話レンジちゃんに夢中になってるとき、オカリンは紅莉栖ちゃんに見とれたり、赤くなったりしてるの。……いいなぁ。まゆしぃも紅莉栖ちゃんみたいだったらよかったなぁ」
 まゆりの言葉に心臓が跳ね上がりそう。袋を持ってない左手でそっと押さえる。
 本当にそうだったら、もし岡部が私のことを好きだったら。
「そんなわけないでしょ? 気のせいよ、気のせい!」
 えー本当だよーと反論するまゆりを置き去りにするように私は早足になる。でもまゆりは楽々とついてきて、熱い夏の夕日の中で体力のない私の方が先に疲れてしまう。中央通りを渡るところで信号が赤になり結局2人で並ぶ態勢に逆戻り。早足分の体力が完全に無駄に……。
「紅莉栖ちゃんなら、いつかオカリンの名前を呼べるようになるんじゃないかな」
「まゆりだってダルだって、呼んでるじゃない」
「オカリンって呼ぶことはできるけど、名前は呼べないんだー。オカリン、名前呼ばれるの嫌いだから」
 なぜか鼓動が早まる。なぜかさっき話していた夢のことを思いだす。岡部を吹き飛ばす、透明の蝶。
「えーと、なんだっけ? ナマ? ミミナ? だから呼んじゃだめなんだって」
「……もしかして、真名?」「ああそれだよ! やっぱり紅莉栖ちゃんはすごいやー!」
 まだ鳳凰院だった頃の岡部が延々とほざいていた言葉をなんとなく覚えていた。真の名を支配する者はその存在の生命を握ることになるのだとか言ってたような気がする。今はもう遠くなってしまったあの気楽な日々が、今ではひどくなつかしい。まだ8月は半月あるけれど、私たちの夏はもう終わってしまったのかもしれない。
「まゆしぃもね、いつかはオカリンじゃなくて、倫太郎さん……って呼べる日が来るかなって思ってたんだけど」
 少し前を歩くまゆりが振りむく。逆光で、表情は見えない。
「オカリンは、今、まゆしぃのせいで困ってるんでしょう?」
 ふいに投げられた言葉に、息が詰まる。
「昨日夢を見たの……まゆしぃが何度も何度も繰り返し死んでしまって、オカリンがそのたびにずっと苦しんでいるの。今朝、目が覚めてからね? あの夢の方が本当で、この世界が夢かもしれないって思っちゃった……」
 小さな彼女のシルエットは、雑踏のうごめきの中で一人きりぽつりと静止していた。目の端が光っている。
「まゆしぃがこの世界からいなくなったら、オカリンはきっと泣くから。そのときは紅莉栖ちゃんが」
「まゆりがいなくなるわけないでしょう!」
 私は叫んだ。周囲の視線が私たちに集まるのをわかりながらも無視して、驚くまゆりの肩を掴む。
「まゆりはね、この先も岡部の傍にいるの。そしていつか岡部を倫太郎って呼んで……幸せにならなきゃダメなのよ!」
 直後に、凄いスピードで路地を走ってきた黒い外車。キキーッ、どん! 激しいブレーキ音。白い何かが車にぶつかって、飛んでいく。
「オカ……リン……?」
 まゆりが呟いた。車にはねられ、驚くほどきれいな放物線を描いて宙を吹っ飛んでいく岡部倫太郎。すぐそばにはフェイリスさんや黒づくめの秋葉原には似合わない男たちがいて、呆然とそれを見ている。
 今日の岡部はフェイリスさんのDメールを取り消すためにUDXに向かったはずなのに、なぜここにいるんだろう。
 そしてなぜ車にはねられているんだろう。
「オカリン!!」
 まゆりが真っ先に走りだし、私もあわててそれを追う。雑貨屋の店頭に頭から突っ込んでいった岡部はDVD-Rのスピンドルの山に埋もれていた。2人がかりで引っ張り出すと幸い息はあったけれど、明らかに右足に関節が増えている。このままではたぶん岡部は入院させられる。それは、フェイリスさんのDメールの取り消しの失敗、それはまゆりの死に直結する。
「紅莉栖ちゃん、救急車、救急車呼ばないと!」
「……ごめんまゆり。このまま岡部をラボまで運びましょう。このままじゃ、岡部のこれまでの頑張りが無駄になっちゃう!」
 一刻も早く岡部をこの世界線から旅立たせなければならない。そう決意した私の顔を見て、泣き顔のまゆりも理由はわからないなりに覚悟を決めてくれたようだった。
 2人がかりで気絶した岡部の両脇を支えて、すぐ近くにあるラボまで運ぶ。私は岡部の体を支えるので精いっぱいだったけれど、自分より小さなまゆりの方が想像以上に力強く岡部の体を支え、運んでくれたことに驚いた。
作品名:不可視猛毒のバタフライ 作家名:Rowen