チョコレイト・デイズ
ハーマイオニーがすました声で代表して答える。こういうときは彼女が一番的確な態度で返答できると二人は思っている。ロンだとなげやりに聞こえるし、ハリーだと嫌そうに聞こえる。
「ほほう。マクゴナガル教授の」
じらりとスネイプは子供たちを見下ろすと、三人は精一杯の笑顔でこくこくと頷いた。下手に口を開くとまた減点されかねない。
それなのに。それなのに!
「どうやら諸君は授業に出席される気はないらしい」
一言で決め付ける。
「なっ・・・先生、僕たち遅れちゃいけないと思って急いでるんですけど」
思わずロンがなげやりに言った。
「さぼる気ないんですけど、全然」
ハリーが嫌そうに言った。
「しかし、ここには、私の、部屋しか、ない」
一語一語しっかり、ゆっくり、区切って、嫌味ったらしく言ったスネイプはとても満足そうだった。
慌てたのはハリーたちだ。急いであたりを見渡すと見たこともない場所で、スネイプの冷たい視線の先を追っていくと金文字でスネイプの名前が書いてあるどっしりした木の扉にいきあたる。三人はそれこそ、冗談ではなく目玉が飛び出そうなくらい驚いた。
「えぇっ」
いつの間にこんなところに来たんだろう。スネイプの部屋って確か地下だったよな? 三人は顔を見合わせた。さっきまで確かに変身学の教室に向かっていたはずだ。
さて、ポッター、とスネイプは顎を触りながら、ジロリとハリーを見下ろした。相変わらずの仏頂面なのに、嬉しそうに見えるのは気のせいじゃないよなとハリーは思う。
どうしてこんなことになったのかわからないながらも、三人は早々と変身学の出席を諦め、それぞれが胸のうちでそっとため息をついた。スネイプがただで済ます訳がない。
減点は五点以内にして欲しいとハーマイオニーは真剣に祈った。このままではグリフィンドール生の恨みを一身に背負ってしまう。スネイプによる三人の減点は確かめるまでもなく確実に寮のトップを独走していた。
「さて、ポッター」
スネイプの声はどんなときでも耳に心地悪い雑音だ。いつも聞きたくないが今が一番聞きたくない。
「ここにいる訳は?」
「わかりません」
視線を横に向けたままハリーは嫌そうに答えた。どうせ自分の言葉を信じないに決まっていると思ったとおり、スネイプはあさってのほうを向いて、わざとらしく鼻を鳴らした。
「ふん。わからないと・・・。ほほう」
「本当にわからないんです。さっきまで二階にいました」
けほっと咳が出た。今朝から時々咳が出る。朝起きた時に上半身が毛布から出ていたのが原因か。わずかにのどがイガイガする。
「けほっ」
チラリとスネイプがハリーを見た。
「先生、罰は何ですか」
ロンがうんざりしたように口を挟んだ。
スネイプは不愉快な視線をロンに送ったが、ロンにはいまさらどうってことはない。蛇のようなスネイプの目だって、数秒は見つめられる。
「いいだろう。素直に間違いを認めるのはいいことだ」
間違っちゃいないわよ、横を向いてハーマイオニーが無謀にも聞こえるように言ったが、スネイプはそれを綺麗に黙殺した。これくらいは朝飯前だ。地獄耳の癖して聞きたくないことは聞かない主義である。子供と言えど容赦はしない。
「ウィーズリーは日暮れまでに玄関そばの草むしりを、ミスグレンジャーはスリザリン寮の前の廊下をモップがけでもしてもらおうか」
ひゅっとハーマイオニーは大きく息を呑んだ。
「そんな、先生。スリザリンだなんて。お願いです。せめてグリフィンドール前に・・・・・・」
「ハッフルパフの廊下を追加してもいいんだが」
ジロリとスネイプはハーマイオニーを見やった。何の表情も浮かべていない。ハーマイオニーが顔を真っ赤にして唇を噛みながらも黙ったのを満足そうに見て、スネイプはハリーに向き直った。
咄嗟にハリーは身構える。先の二人は準備運動だ。ここからが本番なのだ。どんな無理難題があの口から発せられるのか。あれか? これか? それとも・・・。
さて、ともったいぶった口調でスネイプは言った。
「さて、ポッターは夕食後に私の部屋まで来るように。研究室ではない。間違えるな、この部屋だ。銀の器を磨いてもらう」
心の準備をしていたのにもかかわらず、思わずハリーは後じさった。残りの二人もつられて体を揺らした。衝撃は大きい。
スネイプの部屋!?
見事に引きつった顔を隠そうともしないハリーにスネイプは淡々と言った。
「たった百個だ。罰としては軽いほうだろう?」
ロンとハーマイオニーは自分たちの罰を棚に上げて、うつろな目をしているハリーを気の毒そうに見つめた。下手に抗議して、さらに重い罰を受けるより黙っていたほうが得策だと、そこのところは三人とも心得ている。
多大な衝撃を受けている三人に満足したのか、スネイプはわざわざニヤリと笑ってから言った。とことん意地が悪い。
「わかっているとは思うが当然、魔法の使用は禁止だ。当たり前だな。特にウィーズリー、玄関そばの雑草の中にはマダムポンフリーが大切にしている首振り草があるから、決して抜かないように。ちなみに雑草と非常に見分けがつきにくい。スプラウト先生とマダムポンフリーは明後日まで所用で出かけているから自力でやることだな。ではごきげんよう」
三人は真っ黒な姿が視界から消えるまで、呆然と眺めていた。「ではごきげんよう」って・・・なんだよ、それ。
「魔法が禁止? 私、スリザリンの前で・・・・・・マルフォイの前で、モップがけよ? 絶対バカにされるわ。死んだほうがマシよ」
いつも気丈なハーマイオニーも、スリザリンの前で不名誉な姿をさらすことに不安と屈辱を感じていた。金縛りにあったみたいに身動きもできない。
「首振り草って、何? 間違って抜いちゃったらどうなるんだろう」
反対にロンはいても立ってもいられないように、うろうろとそのへんを歩き回った。元気のない口調でハーマイオニーが答えた。
「首振り草って確か、周りの環境に応じて生態を変えるとか言う話よ。周りに擬態して油断すると噛み付くんですって。でもその歯が・・・なんだったかしら・・・えーと、そう、その歯がバリバリ凝りに効くそうよ。とても貴重な植物なんですって。『魔法の雑草、ただの薬草、その見分け方』って本に載ってたわ」
「ハーマイオニー、君って何でも読んでるんだね」
ハリーは呆れたように言った。実際、ハーマイオニーは教科書以外の本をいつも数冊抱えている。それも分厚い本ばかりでロンもハリーもせめて一冊だけにしたらいいのにと常々思っているのだが、ハーマイオニーに言わせると「とんでもない」のだそうだ。だってすぐに知りたいことがあったときに便利なんですもの、というのが言い分だ。
「聞いてばっかりで悪いけどさ、バリバリ凝りって何?」
スネイプの部屋の扉を憎しみを込めて眺めながらロンが言った。細いしゃれた金文字さえ気に入らない。
作品名:チョコレイト・デイズ 作家名:かける