二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

おろかもののうた

INDEX|2ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 


「さくまさん、大丈夫?」
問いかけられて、佐隈りん子はハッとする。
今、自分がいるのは道だ。大学を出て少し経ったところである。
隣にいるのは大学の同級生で友人のユミ。
ユミは心配そうな表情で佐隈の顔を見ている。
「ぼんやりとしてたけど、もしかして大ケガをした後遺症とか……?」
「ううん」
あわてて佐隈は右の手のひらを振った。
「そんなんじゃないよ。身体はもう、ぜんぜん、大丈夫だから」
「だったらいいけど」
ユミは微笑んだ。
しっかり者で世話好きなユミは、大ケガを負い入院していた佐隈が大学にふたたび通えるようになると、重荷にならない程度に気を遣ってくれている。
そのことを佐隈はありがたく思っている。
でも、だからこそ心配させたくはない。
今はもう大丈夫だと、なんの問題もなのだと、思っていてもらいたい。ユミだけではなく、他のひとたちにも。
しかし。
本当は、なんの問題もないわけではなかった。
いや、問題というほどのことではないかもしれない。少なくとも、日常生活に支障のないことだ。
記憶が欠けている。
大ケガをしたあたりのことが、すべて、頭の中から消えてしまっている。
なぜ自分が大ケガを負ったのかを知らない。
いや、正確には、記憶としてはないだけで、大ケガを負った理由は聞かされた。
自分は大ケガを負うまえは探偵事務所でアルバイトをしていて、その調査の途中で厄介事に巻きこまれたらしい。
アクタベ、という名の探偵が重々しい表情で説明した。ただし、調査内容や厄介事については守秘義務に関わるので言えないとも、話した。
彼は自分の雇用主であったらしいが、それすらも佐隈は覚えていなかった。
だから、見知らぬひとの話す、自分の記憶にはない話は、小説のあらすじを聞いているようにしか感じなかった。
アクタベは病室の床に膝をつき、ベッドにいる佐隈と実家から駆けつけていた両親に向かって、土下座をした。
自分のせいだ、と謝った。
それを見て、佐隈はあせった。
責める気は湧いてこなかった。
大ケガを負ったあたりの記憶だけがスッポリと抜け落ちてしまっていて、アクタベの事務所に勤めていたことも覚えていない。
本当にアクタベのせいなのか、わからない。
わからないから、こんなふうに謝られて、申し訳ない気がしたのだった。
だが、両親はアクタベに対し怒りを感じたらしい。
もう二度と娘に関わらないでくれと、アクタベに厳しい声を投げつけた。
アクタベはそれを受け止め、それから二度と佐隈のまえに姿をあらわさなかった。
もちろん、退院した佐隈がアクタベを訪ねることもない。
芥辺探偵事務所。
名前は知っている。
でも、どんな場所なのか知らない。いや、覚えていない。
どんなところなんだろう。
思い出そうとしてみる。
頭の中にあるはずの記憶のカケラを探してみる。

「さくちゃん」

声が。
聞こえたような気がした。
知っている者の声。親しかった者の声。忘れてはいけない者の声。

だけど。

「……よねえ、さくまさん」
同意を求めるユミの声が鮮明に耳に響いて、頭の中にあった声をかき消した。
消えた声。
しかし、すぐに追えば、つかまえられるかもしれない。
思い出せるかもしれない。
けれども。
「うん」
佐隈はユミの話をちゃんと聞いていたような顔をして、うなずく。
「そうだね」
そして、ユミに向かって笑ってみせた。




あの声はもう聞こえない。








作品名:おろかもののうた 作家名:hujio